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杰洛士! 2003-08-04 23:10

[转贴]七夕的起源

:D 今天是七夕算是庆祝一下吧!

 まずは「1.原始七夕伝承」「2.異郷訪問説話」「3.中国での起源」の項目で、七夕伝承が生まれるまで、その伝承の伝わり方などについて触れることに致します。
 次いで、日本にいつお話が伝わったのか、伝わってから行事になるまでを追って見ようと思います。最後にまとめの年表と参考文献の一覧をつけております。内容に入りまして各項目に(A1)などと記載されている箇所は、参考文献一覧の通し番号であります。また(注)は各ページの下段にあります。

太古におきまして、世界樹又は宇宙樹と呼ばれる信仰がありました。それは地上と天の中心の北極星とを結ぶ、宇宙の軸としての特別な「樹」でありましたが、地球の歳差運動により、北極星は「こと座のベガ星」から「こぐま座α星又はβへ」と徐々に移動してしまいました。
 ここに世界樹は東西と言う方向に分裂致します。東と西それぞれに言わば神が出来ました。それが「西王母(せいおうぼ)」と「東王父(とうおうふ)」であります。この信仰がやがて「織姫」と「彦星」に変化して行った様であります。そして七夕説話に基づいた乞巧奠(きこうでん)を、宮中行事のとして初めて行なったのが楊貴妃と玄宗皇帝でありました。

 日本へは神戸市博物館所蔵の桜ヶ丘銅鐸に刻まれている「水辺の西王母」からしますと、まだ銅鐸を造っていた時代に説話はすでに伝わっていたようであります。そして神話の時代には機織りの神:倭文神となったようで、朝廷の織部省にいた「葛城」という機織集団が説話と何らかの関係を持ったようであります・・・。

 最初に七夕の行事をしたのは持統天皇であると言われておりますが、それは七夕の行事であったのでしょうか、それとも亡き夫「天武天皇」の供養であったのでしょうか・・・

 それでは個々の項目に移る事に致しましょう。

杰洛士! 2003-08-04 23:19
中国七夕伝説の起源
 織女星,牽牛星が文献に初登場するのは,春秋時代の「詩経」の四国風の中の一節である。しかし,そこには星として明星などといっしょにでていて,2星は文中で離れて記述されている。七夕の伝説は記されていない。

 一般に七夕伝説の初出とされているのが,漢代編纂された「文選」の中の「古詩十九編」である。
これには今に伝わる牽牛織女のロマンスの詩がある。
七夕伝説は遅くともB.C.1世紀にはできていたようだ。

中国星座中の織女,牽牛の起源
 中国の星座では,織女は織女だが,牽牛は河鼓という星座で別名が牽牛である。
 さて,中国の黄道28宿の牛宿も,牽牛と呼ばれることがある。牛宿は河鼓(アルタイル)のとなりで,やぎ座のα星付近である。牛宿のすぐは女宿という。女宿と織女星は非常に離れている。この織女・牽牛と女宿・牛宿の関係は?という点はよくはわかっていないが,有力説を紹介する。

 家井真氏は,織女と牽牛の起源を次のように推測している。
・古代の農耕儀礼の1つに,国王が天帝に雨を祈るものがあり,王妃は祭服を 川辺で織ることになっていた(川とは天の川)。これから織女星ができた。

・殷の時代から人々は鉄のすきを牛にひかせて畠を耕した。牛は農耕上重要な 生物で,この重要な牽牛が黄道28宿の1つとなり,それが牛宿だという。

 これに続くのが大崎正次氏の説である。
・古代よりあったのは織女星のみ。ある時期,七夕伝説が世間に広まり,織女星が 七夕の織姫と同一視された。伝説の内容から,織姫の星から天の川をへだてた 対岸に,あいての牽牛星があるべきであった。それで天の川の対岸にある 河鼓という星座が,牽牛星ということにされた。
というもの。

アジアの七夕伝説
 アジア一帯の七夕伝説は、天女の羽衣と七夕を合体させたようなものだ。中国、朝鮮、マレーシアなどの東南アジア、各地でみられ、日本の各地の七夕もこれらが様々なルートで伝わった可能性もある。
 タイの舞劇ノーラ、孔雀の舞等は、羽衣伝説をテーマとしている。ベトナム、フィリピンにも羽衣伝説があり、そういった山地の羽衣伝説は、天から降りて来る天女は星なのだ。やはり人間の男に羽衣を隠され、天に帰れず妻になり、結局見つかって天女は天にかえる。しかし男も後天にのぼり、最後は7月7日の夜だけ会えるようになる...というもの。(七夕型)

 また中国では、天女は7星の1星が地上におりた、という種類のものがあり、その天女の子が部族の祖先となる、というものもある。(7星型)

 「地上に降りた星」が羽衣をかくされる話は、文化人類学・民俗学の分野で星型羽衣伝説と名づけられており、上記の七夕型と7星型の2種が知られている。
 中国大陸で日本の研究者が採集した数では七夕型、7星型は半々とか。7星は、北斗か昂か意見の分かれるところである。

杰洛士! 2003-08-04 23:26
古典文学の中の七夕

小倉百人一首


鵲の 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける      中納言家持

意味:霜という言葉から、冬に読んだ歌です.宮中の橋に霜がおりているのをみて,七夕の夜に鵲がつくる橋のようだ、と七夕伝承に思いをよせているうちに、夜がふけていく....

中納言家持は万葉集最後の選者とされる大伴家持です.
小倉百人一首は、鎌倉時代始め、藤原定家が小倉にある屋敷で編纂したと言われます.本来はもっとも古い万葉集から紹介するのが順番と思われますが、ははは,これはかるたとりでの私のとくい札なので...(^^;)


万葉集


織女し 船乗りすらし 真澄鏡 きよき月夜に 雲起ちわたる   大伴宿禰家持

意味:七夕の夜、織姫が船でゆくのであろう.その透明な月夜に雲がわいている.

 これも家持の歌.有名な歌です.それでまた私のような素人にも、その情景が浮かぶほどわかりやすく、美しい響きがあります.万葉集も最後の方、家持歌日記と呼ばれる部分の1首.

天の川 楫の音聞こゆ 彦星と織女と今夜逢ふらしも     詠み人知らず

意味:天の川の船のかいの音が聞こえている.彦星と織姫が今宵会っているのだろうか.

万葉の七夕の歌は、伝承そのものを歌っているものもありますが、それになぞらえて、なかなか会えない恋人たちの歌になっているものもあります.
これも、作者が,だれかが恋人にこっそり会いにいくことを知っており、それを歌っているとも考えられますね.
万葉集には、この歌とよく似た、天の川を彦星が船で渡っている..という歌が百首近く入っています.なお、七夕は万葉集は棚機という字があてられています.

織女の五百機立てて織る布の秋さり衣誰れか取り見む     読み人知らず

意味:織女が多くの機をたてて織った布でできた、秋用の衣を、いったいだれが見るのだろう.(それは彦星である)

飛鳥・奈良時代は、歌を読む人々に中国の七夕伝説がそのままの形で広まっている様子がわかります.万葉集の七夕の歌は、その前の但し書きから、七夕の日に読んだようです.宮廷行事の歌合わせがあるので、そこででしょうか.
この五百機という言葉は、江戸時代に歌集「五百機集」というので使われています.この歌からとったのでしょうか?




古今和歌集


七夕に かしつる糸のうちはへて 年の緒長く こひやわたらん    凡河内躬恒

意味:七夕におそなえした糸のように,何年も長く恋が続きますように.

古今以降は素人に解読はつらい(^^;).青山学院短大の出雲先生の資料をおかりいたしました.
作者の名前はおおしこうちのみつね、と読みます. 10世紀始めに作られた最初の勅撰和歌集.古今集はなぜか、私としては心に響く歌があまりありません.古今集以降は、七夕には七夕の文字があてられています.




後撰和歌集


天河 なかれてこふる 七夕の 涙なるらし 秋のしら露    詠み人知らず

意味:秋の朝,草花につく露は、七夕のあとで天の川を流れてくる恋人たちの涙であるのだろう.

後撰集は、13世紀前半に作られた史上2つ目の勅撰(天皇の命による)和歌集.藤原定家,紀貫之などの歌人の歌がおさめられている.




拾遺和歌集


朝戸あけて 眺めやすらむ 七夕の あかぬ別れの空をこひつつ   紀貫之

意味:朝、戸を開けて,七夕の別れの空を眺め、また恋しく思う.

拾遺和歌集は、11世紀はじめにできた3番目の勅撰和歌集.
編者ははっきりしていないが、花山法王説が有力という.拾遺、後拾遺にも七夕の歌を7月7日に詠んでいるものが多いが、七夕の歌合わせが行われていたためであろう.




千載和歌集


七夕に 花そめ衣ぬきかせば 曉露の かへすなりけり    崇徳院

意味:七夕に花が飾られた衣をそなえたら、朝つゆがついてかえってきた.(?)

千載和歌集は12世紀末、後白河法王の命で藤原俊成が選出した和歌集.7番目の勅撰和歌集.
作者の崇徳院(崇徳上皇)は1156年の保元の乱の首謀者として讃岐に流され,そこで46歳の一生を終えました.保元の乱は、後白河天皇と崇徳上皇の争いに藤原氏の争いが加わった乱です.元は崇徳天皇が鳥羽上皇により、無理矢理位をおろされたところに発端があり,そのあと鳥羽上皇の弟の白河天皇が天皇になって崇徳上皇の子供はなれなかったので、崇徳上皇は相当に頭にきたらしい.讃岐にたずねていった西行法師と論争になり、生き霊になって出たという話が保元物語にあります.この崇徳上皇の歌を後白河法王の勅撰集で見るのは不思議なものですね.


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