小说结尾
照明は窓から射し込む月明かりだけだった。俺は仰向けになったまま、目を凝らして紙切れの文面を読んだ。
NHK(日本人質交換会)の入会契約書
人質交換会の趣旨
会員同士で人質を交換します。自分の命を人質として、互いに差し出すのです。つまり
「あんたが死んだら俺も死ぬぞコラ!」という事です。そうすると、あたかも核保有国の冷
戦下における睨《にら》み合いのごとく身動きがとれなくなって、死にたくなっても死ねなくなります。
ですが「あんたが死んだって、そんなのどうでもいいよ」という状況になると、この会の
システムは破綻《はたん》します。そうならないように気をつけましょう。
NHK会長、中原岬
会員一号「 」
「ほら、早くサインしてよ」
俺はボールペンを受け取った。
しかし、しばし悩んだ。
結局のところ、なにひとつ物事は解決していない。
何かが変わった訳ではない。
前向きに生きていこう?
……バカか! 夢があるから大丈夫?
……夢なんてねえよ! これからも毎日毎日「もうダメだもうダメだ!」と呟《つぶや》き続けて生きていくのだろう。
それでいいのか? どうなのか?
「…………」
そんなことをほんの少しだけグチグチと思い悩んでみもしたが、結局俺は、契約書にサインした。
一方岬ちゃんは、鞄に契約書をしまうと、俺の肩を掴《つか》んでぐっと引き寄せた。
至近距離で目が合った。
そうして彼女は、高らかに言い放ったものだった。
「NHKにようこそ!」
ヤケに気負ったその表情に、だいぶ笑いのツボを刺激された。
微妙な笑いの発作に襲われながら、俺は、思った。
……どこまで続くものかは知らないが、できる限りは頑張ろう。
ぼんやりと、そう決心してみた。
NHKの会員ナンバー第一号、佐藤達広の誕生だった