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[分享]日本流行动漫小说《今日からマ王!》(从今开始魔王)第一卷(完)

楼层直达
级别: 骑士
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2002-05-08
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《今日からマ王!》的动画现在正在热播中, 不知大家喜不喜欢看呢~~~个人感觉不错哦~~挺轻松搞笑的~~是很好的休闲作品~~现在在这里分享一下本作的原版小说~~
本作的小说一共13卷+外传1卷,
在这里只贴第一卷,如果想看后面各卷的朋友请逛逛我的blog~~
http://coffeejp.com/blog/blog.php?uid_38630.html
这个blog专放一些日文流行小说,每天不定量更新,大家常来逛逛哟~~

【今日からマのつく自由業!】 喬林 知

 あのねえ、ゆーちゃん。
 ゆーちゃんの名前はねえ、ママがボストンの街角でいやーっどうしよう今にも生まれちゃうーって困ってたときに、親切にもタクシー相乗りさせてくれた超カッコいいフェンシング選手が、ママを慰めようと「夏を乗り切って強い子に育つから、七月生まれは祝福される。僕の育った故郷では、七月はユーリというんですよ」って、あまりにもさわやかにニコって笑ってくれたから、ママが思わずつけちゃったのよ。だからゆーちゃんがいつもぶつぶついってるみたいに、利率がどうとか利回りがいいとか、パパが銀行やさんだからって利子とか利息とかのことばっかり考えててついた名前じゃないのよ決して!
 ね、ゆーちゃん? 七月生まれだからユーリ。ねっほら可愛いでしょー? ママの愛を感じるでしょ? 七月生まれでユーリ、素敵よねえ、ちょっとどっかの少女マンガにでも出てきそうな美しさじゃなぁい? ユーリ。ああすてき、キラキラーって感じ。


  1


 だったらどうしてこんな漢字をあてた!?
 中学時代からの宿敵であるヤンキーと、二対一という「不利」な格闘を続けながら、おれは聞き慣れた悪態を受け流す。
「なんとか言えよ渋谷|有利《ゆーり》!」
「じゃあ原宿は不利なのかよ」
 その決まり文句は五万回は聞いた。ちなみに生まれて十五年で。
 そう、おれの名前は渋谷有利。裕里でも優梨でも悠璃でもなく渋谷「有利」。五歳上の兄の名前は渋谷勝利。勝利と書いてショーリと読む、ちょっとかっこつけてカツトシとかではなく。
 青葉茂る五月、入学したての県立校からチャリをとばして帰宅途中だった。
 今までは憧れのあの人めざして中学野球部員やってたけど、高校からはもう一人の憧れの人めざして、剣道部員になろうかななんて喋りながら、できたばかりのチャリ友と別れたのが五分前。機嫌よくペダルを踏んでいたおれは、自宅近くの静かな公園で、ただならぬ光景に出くわしてしまったのだ。
 集金。
 と呼ぶのは実行している加害者たちだけで、やっていることは昔からあるカツアゲだ。よりによって今日は加害者と被害者、合わせて三人ともオナチュー(同じ中学?)だった連中で、トイレの裏の壁に追い詰められている眼鏡くんは、中二中三とクラスが一緒の村田健だ。
 いーじゃんこっちはチャリなんだから、気がつかなかったことにすれば。さーっと通り過ぎちゃえば、おれが誰かなんて村田には判んないよ。だって別に友達ってわけでもなかったし、口きいたこともほとんどない。そうやって正義の味方なんか気取ってみたってさ、誰もこっちに期待も感謝もしやしないんだし………………ああ………………。
 おれはゆっくりと自転車を止めた。
 あーあ、だめだ……村田健と、目が合っちゃった。
「……お前等そこで何やってんのぉ? もしかして集団で違法行為とかはたらいてる?」
 こうして、おれ、渋谷有利はヤンキー二人を相手にすることになり、推定五万回目の「じゃあ原宿は不利なんかよ!?」を聞かされることとなった。もって生まれた小市民的正義感のおかげで、カツアゲは犯罪だし、二対一は不公平だろという倫理感のおかげで。
「オメーは勘違いしたかもしんねーけど、オレタチは単に『集金』してるとこだったの。あいつのオサイフの中の何枚かを、ゴーホーテキに集金してたんだぜ?」
 それがどこの国の法律で合法なのかを、世界地図広げて説明してくれ。
 紺とグレーの制服で、そろいの金髪にカラーコンタクトという無国籍風高校生の二人は、おれの腹に蹴りを入れると、ザラつくモルタルの壁に押しつけた。
「なのにホラ、オメーが横から余計なこと言いやがるから、カモがダッシュで逃げちったじゃんよ。ええ? 銀行屋さんのムスコなんだから、お客がどんなに大事かよーくわかってるはずじゃねぇのか!?」
 本当だ。いや、なんということだ! 助けてやろうとした村田健は、こちらに背を向けて一目散に逃げている。とにかく我が身がかわいいってことか。おれは加勢を求めて周囲を見回したが、午後四時の公園には、小学生の姿ばかりだ。
「だいたいどーしてお前があいつを助けに来ンだよ。オメーらどっかでトモダチだったぁ? それとも人知れずラブラブだったんか」
「るせーな! 健て名前が気に入りなんだよ、勤と健は好きな名前ランキング上位なんだよ」
 密かに敬愛するココロの師匠の名前が「勤」、一番好きな時代劇俳優が「松平健」。
「ああ? 好きな名前ェ? 渋谷有利原宿不利がぁ!?」
 ゲで始まる笑い声をたてる彼等に、なんとか一矢報いようと、拳やら膝蹴りやらを繰り出していると、ヤンキーAはおれの髪をつかみ、薄暗いトイレに引っ張りこんだ。
「おい待て……テメ……っ、こっち御婦人用って、マークちゃんとついてたじゃねーか!」
「そうだっけか? ふーん、ま、いいじゃん。個室が多い方が、プライバシー重視でさっ」
「そうそう、個室でしょやっぱ。ヒミツはヒミツにしときたいしィ」
 調子を合わせたヤンキーBが、もぎ取ったデイパックから財布を探しだす。青いストラップが切れて携帯が転がり、壁に当たって着信音が鳴りだした。
「……なんだこの着メロ、オマエ聞いたときある?」
「いや。あーなんだっけなこれ、いつかなんか聞いた気ィすんな、ああ思い出せねぇ、確かあれだろ、テレビ。っつーか時代劇?」
「ンだそれ、いまどき水戸黄門以外の時代劇、着メロにするヤツいる? しかもあのストラップ、プロ野球かなんかのじゃねえ? 信じらんねーや渋谷有利、どーなってんの渋谷有利」
「うッるせーなっ! お前等に野球の良さがわかってたまるか! あっコラてめ……ッ」
 ヤンキーBが紙幣を引っぱり出す。漱石先生のワンペアだ。
「なーにーこーれー!? うっそ、お前ホントに銀行屋の息子!? てゆーか親父が貸し渋ってんだからぁ、普通もっと持ってると思うじゃん。カシシブリーのシブヤちゃん」
「親の職業はかんけーねーだろッ」
 教えてやろうとも思わなかったが、所持金の大半は五百円玉だ。つり銭ではどんどんくれるのだけれど、自販機ではほとんど使えなくて、あっという間に貯まってゆく。
「あーあ、せっかく村田の代わりに銀行屋が立て替えてくれると思ったのに、支払い限度額がたった青札二枚じゃよーお。せめて二万だよな、二万」
 髪を掴む力が急に強まった。貸し切り状態の女子トイレは、水色の扉が三つある。その真ん中に引きずり込まれ、背中を強《したた》かに蹴られて膝をつく。公園のトイレらしからぬ、有名メーカーの洋式便器が目の前に。
「おいまさかお前等……十年前の不良じゃないんだから……」
「県立《けんりつ》合格《うか》ったわりにゃアタマ働かねーみたいだからぁ、今後のサンコーのために教えといてやるけどーぉ!」
 まさか便器に顔を突っこんだりはしないだろうな。いくらこいつらが中学ヤンキーだったとしても、西暦二〇〇〇年代にもなって、そんなレトロなリンチ方法を!?
「オレ等のジャマすっと、殺すぞ? 次はマジで」
 恐れていたとおり、敵はおれの頭を洋式便器に押しつけた。どうやら時代はいま、レトロブームらしかった。
 首のつけ根で突っ張ってはみたが、十秒くらいで覚悟を決める。
 洋式便器がなんだってんだ! ちょっと変わった洗面器だと思えば機能は同じだ。押しつけられた顎《あご》の方から水が溢《あふ》れだす。反射的に顔を上げようとするが、後頭部への力は一向にゆるまない。おれは諦めて息を詰め身を硬くする。
 トイレが近代化されてからは、水洗便所に流された奴はいない。そんなことになったらギネスブックに載ってしまう。だからつまり、ほんの数十秒間、目をつぶって息を止めてりゃ、いくらぐいぐい押し込まれても、頭の先から引っ張られても……あれ?

 ヤンキーAだかBだかの手は、相変わらず上から押さえ付けている。だがそれとは別に、何かおれを吸い込もうというような強い力が、洋式トイレの、黒い穴の中央から!
 嘘だろ!? ブランドトイレタリーに、こんな隠されたパワーがあったなんて! 強力掃除機なみの、最終奥義があったなんて! もうどうやっても抗《あらが》い切れなくなり、頭から肩から腰から痛いほど吸い込まれていきながら、おれ渋谷有利は悲鳴とともに考えた。
 もしかして、史上初!?
 史上初、水洗トイレに流された男ぉーっ!?


 ねえパパぁ。
 なんだいユーリ?
 どうしてパパはディズニーランドにくると「すたーつあーず」ばっかりのせてくれんの?
 なんだ、ユーリはスターツアーズきらいか?
 きらいじゃないよ、だいすきだよ! けどもう「ぱいろっと」の「どろいど」のいうことぜんぶおぼえちゃうくらい、なんどものったよー?
 すごいなユーリは! 操縦士のドロイドの台詞《せりふ》、全部覚えちゃったのか。それじゃあユーリ、それが合ってるかどうか確かめるために、もう一回スターツアズ乗ろう! いつかお前が大きくなったときに、絶対これが役に立つから。


 役に立ちましたとも!
 ぼんやりと戻り始めた視界にしがみつきながら、おれは久しぶりに父親に感謝した。まさか十年以上前に、息子が水洗便所に流される未来を予測したわけではなかろうが、それでもあの東京ディズニーランド・スターツアーズ十連発は、確かにこうして役に立った。
 渦巻く水流に吸い込まれた後は、子供の頃くりかえし見たあの光景そのままだったからだ。ドロイドの叫び声、そしてワープ。光のつぶだった星々が尾を引き線になり伸ばされ歪み縮んでまた元どおりの星になる。自分の身体も伸ばされ歪み縮んでまた……。
 なーんてね。
 まさか本当にトイレに流されるわけないじゃん。しかも身体も適当に成長した、平均的体格の高校一年生が。
 おれは手も足も思い切り伸ばして、埃《ほこり》っぽい地面に大の字になっていた。舗装《ほそう》されていない道路なんて久しぶりだ。上にあるのはただ、ただ青い空。大気汚染とかオゾン層の破壊とかとは縁のないような、澄んだ空気のクリアな青空。顔を傾《かたむ》けると、道の両脇には緑が見える。左手は木々が茂る林で、右手は斜面に広がる草地と民家だ。家はどうやら石造りで、遠くにぼんやりと動物が見える。山羊《やぎ》か……羊かな。
 あの連中のことだから、便器に顔を突っこんだまま動かなくなっちゃったおれに慌てて、すぐには発見されないような場所まで引きずってきてから捨てたのだろう。
 とはいえ、ここどこ? まるで現代日本ではないような風景に、身体を起こしながら呟いた。
「……アルプス?」
 の少女ハイジ? にしては、交通手段が思いつかない。
 じっとりと湿ったままの学ランが重くて気持ち悪い。よくよく考えるとこの水分は、おそらくあの時の公衆便所のもので……よくよく考えるのはよそう。水は水、H2Oに変わりなし。
 道の向こうから妙齢の御婦人が大荷物を抱えて歩いてきた。両手に下げていた籐《とう》のかごが、左右同時に下に落ちる。リンゴ、と呼ぶには巨大な果物が、音をたてて坂道を転がっていく。
「あの……」
 言いかけておれは息を呑《の》んだ。彼女の目はこちらを凝視している。自分の目も彼女を見ている。浮かんできた言葉はこうだ。
 コスチュームプレイ(略してコスプレ)の人。
 なんだろうあの引きずりそうなスカート丈は。なんだろうあの顎で結んだ昔風の三角巾は。なんだろうあの青い目とくすんだ金髪は……外国人!? 何故アルプスの少女ハイジに出てきそうなロングエプロンドレスの外国人が、両手に荷物持って坂を登ってくるのだろう。しかも彼女はかごを落としたまま、こっちを指差して何事か叫び始めた。
「あ、あの、すいません、おどかしちゃったんならほんとにすいません。けどあのおれは此処《ここ》に捨てられちゃっただけでして、危害を加えようとか乱暴しようとかいう気持ちは全く……」
 彼女の声がサイレン代わりになったのか、石造りのメルヘンな家から次々と人が飛び出し、早足で斜面を登ってくる。男も女も子供もいる。だがその人々は皆一様に。
「……ぜ、全員コスプレ?」
 違う、この人たちは確実に現代日本人ではない。そもそも全員がガイジンだ。おれたち日本人から見れば、天然の金髪や天然の茶髪、天然の碧眼《へきがん》や天然の割れアゴは、人種が違うとしか考えようがなかった。総勢十人以上の人々は、鋤《すき》や鍬《くわ》や鎌《かま》といった便利な農耕器具を手にして集まってくる。叫び続ける女と、わけのわからないまま腰を抜かしているおれのもとに。
「ちょっと待って、ほんとにちょっと待ってくださいよ、おれは此処に投げ捨てられちゃっただけで。えーと信憑性《しんぴょうせい》のある言葉で言うと、えー……遺棄《いき》! 遺棄されちゃっただけでして! あっ……あっ判った! 謎はすべて解けた、じゃなくって」
 緊急事態で脳味噌と舌はフル回転だ。日本とは思えない家並みとコスプレの外人の集団。おれの中で全ての要因が繋がった。
「テーマパークでしょ!?」
 そうですよ。コスプレの外人集団、異国風の町並み、二時間もののサスペンスドラマでよく利用される場所といったら、テーマパークしかないじゃないですか。
「いやー、まあそーだわ。すぐに気付かなかった自分が愚かでした。テーマパークに捨てられたんだわ、おれ。けどそれにしても何処《どこ》、ここ? 雰囲気からして新潟にあるっていうロシア村とかですか? にしても、あいつらずいぶん遠くまでおれを捨てに来たもんだねぇ……ってイテ、あっ、なんですかロシア村の皆さんっ、ちょっとッ、どうして、石、とか、痛ッ!」
 テーマパーク勤務の皆さんは、日本人の愚かさを心得た外国人の方々のはずだ。なのになぜ必死の弁解中のこちらに向かって石を投げる!? いくら入園料を払っていなさそうだからって、投石したり農耕具(使いようによっては凶器)をかまえたりするのは、ちょっと過剰に反応しすぎだろ。
「あっ、あのっ、財布さっき取られちゃったんで入園料が払えないんですけどもッ、その分はきっと後日っ。いえ電話かしてくれさえすれば、本日中にッ」
 本日中?
 石や泥を避けようと腕をかざし、巨大なフォークにも似た鋤を突き出してくる農夫に背を向け、怯えた顔で泣きだす幼児を茫然《ぼうぜん》と見ながらおれは思った。
 どこまでも青い空? ヤンキーどもとやりあったのは、午後四時を過ぎていたというのに? 十五時間近く気を失っていたとも、考えられないことはない。だがその間だれにも発見されずに? テーマパークの警備員さんにも? そのうえ五月の陽気の中、学ランはズシリと濡れたままだ。一体おれ、どうなっちゃってんの!? 頭の中が疑問符でいっぱいになってしまい、地面に額を押しつける。理不尽な投石を受けているというのに、助けてくれる人はいない。
 強い命令調の声が聞こえて、おれはガバッと顔を上げた。ありがたいことに、石が止《や》む。
「だっ……」
 誰と問い掛けようとして、馬上の男を見て言葉につまった。村人たちとさして変わらないデザインの、だが光沢や織り目から明らかに質の違う服を着た人物が、オーバーアクションで馬から降りて、こちらに向かって二歩進み出る。
 アメフトだアメフト、この人絶対アメリカンフットボールやってるよ。というような二の腕と胸板。まぶしい金髪とトルキッシュブルーの瞳、少々左に傾いてはいるが、高く立派な鷲鼻《わしばな》、白人美形マッチョらしく薄《う》っすらと割れたアゴ。この場に外人好きな日本人女子がいたら写真を求めて列を作るだろうし、この場に日本人熟女がいたら彼のビキニパンツにおひねりをねじ込んでしまうだろうなという容姿だ。欠点は、これまた白人特有の三角で巨大な鼻の穴。
 この男のことは密かにデンバー・ブロンコスと呼ぼう、おれが知ってるNFLのチームはそれだけだから。彼は村人に一言二言なにか告げると、地面に膝をついて覗き込んでくる。
「……あの……みなさんを宥《なだ》めてくれて、マジでありがとうござい……」
 男の、ガタイに釣り合う巨大な手が、おれの頭をぐっと掴む。
 このまま90ヤードくらいロングパスされるのかと思った。しかもそのままタッチダウンされるかも。だが掴まれた前頭葉(まさか)は投げ飛ばされはせず、指に力が加わった状態で、何秒間か動けなかった。
「……いッ……」
 五箇所から一気に痛みが襲ってきて、思わず小さく声を上げる。痛みというよりは衝撃かもしれない。間違えて指をホチキスでとじてしまったような、痛みよりも恐怖が先走る衝撃だった。やっと男の手が離れる、と同時に音が流れこんできた。耳から脳にかけてのルートが、まるで水が入ったようにツンと痛い。
 風、木々、動物の鳴き声、同じくらい動物的な幼児の泣き声、そして言葉。
 いきなり皆さんが日本語で話し始めた。なーんだ皆さん、日本語できるんじゃん。そりゃそーだよね、単身(家族連れかもしれないけど)日本に来て観光客相手に働こうっていうんだから、日常的な会話くらいマスターしてるはずだよね。だったらどうして今までロシア語(?)で喋り続けていたんだろう。まったく人が悪い。美形マッチョがにやりと笑った。
「どうだ? 言葉がわかるようになったか」
「ああーやっぱ外人の口から流暢(りゅうちょう)な日本語が出てくると違和感あるなぁ」
 言葉が通じたことで、これまでの緊張感からやや解放された。とにかく状況を把握しなければならない。おれは彼等が聞き取りやすいように、エセ外人風アクセントにしながら訊く。
「それでですね、おれは自分でも知らないままに此処に捨てられちゃって、場所も時間も……あ、時間は時計持ってるから判りますが……えーとーぉ……スーイマセェン、コーコドーコデースカーァ? ワタシドーヤッタラ、オウーチカエーレマースカーァ?」
「なんだ」
 デンバー・ブロンコス(もしくはアメフトガイ)は、腰に両手を当ててこちらを見下ろした。
「せっかく見目いいと思ったのに、今度の魔王はただのバカか?」
 バカ?
「……初対面の、傷つきやすい年頃の少年に向かって、バカとはなんだバカとは」
 おれの悪い癖が頭をもたげる。小学生の頃からそうなのだが、脳味噌の演算処理能力がオーバーになって、赤いランプが点滅すると、恐ろしい勢いで話し始めるのだ。きっと喋ることで考える時間を稼いでいるのね、四年生の音楽教師がそう感心した。ついたあだ名はトルコ行進曲。後にも先にもそう呼んだのは彼女だけ。
「まあ確かに中堅どころの県立高校在籍で、その中でも誰かに妬《ねた》まれるほどの飛び抜けた成績ってわけじゃないよ。帰国子女だって言い張ってはいるけど、ボストンに居たのは生後半年。だからってバカはないだろ、いきなりバカは。こう見えても親父はエリート銀行家で、兄貴は現役で一橋《ひとつばし》だぞ」
 自分自身の平凡さを棚に上げて、家族自慢で勝負にでてみる。
「ちなみにおふくろはフェリス出だ!」
「フェ……なに? どっかの田舎貴族か?」
 そう返されてしまい、言葉に詰まる。学歴問題はグローバル的には効果なし。
「だからって……ッ」
 だからってテーマパークの役者が客をバカ呼ばわりしていいってことにはならない。基本的にサービス業の就労者にとって、お客様は神様なのだ。その日本的経営法を説教してやらねばと、おれはなんとか立ち上がった。
 村人役の人々の、尋常《じんじょう》ではない叫び声。
「魔族が立ち上がった!」
「黒を身に纏《まと》う本物の魔族が立ち上がったよ早く子供を家の中へっ!」
「もうだめだもうこの村も焼かれちまうんだ二十年前のケンテナウみたいに」
「待ちなよけどまだこいつは若いし丸腰だししかも見てごらん髪も眼も黒い双黒《そうこく》だよ双黒の者を手に入れれば不老不死の力を得るって西の公国では懸賞金をかけてるらしいぞ」
「ああそれはオレも聞いた小さな島の一つくらい買えちまうような額だった」
「気をつけろいくら丸腰だからってこいつは魔族だ魔術を使うはずだ」
「いやこっちにはアーダルベルト様がついてるアーダルベルト様この村をお守りくださいこの魔族をどうか神の御力《おちから》で我々に害の及ばぬよう封じ込めてください」
 何を言ってるんだこの人たちは!? 句読点を入れる場所が掴めなくて、日本語には聞こえるのに、スムーズに頭に入ってこない。おれは無意識に右手首を確かめた。堅くて武骨なGショックがある。動いているかどうかはわからないけれど、これで殴ったら少しは攻撃力がアップするだろうか。待てよそんな、殴るなんて、ちょっと待て、何考えてるんだ!? けどこいつら、どう見てもおれに敵意を持ってるし、身を守る権利は誰にでもある。緊急事態だ、違う、緊急避難ってやつだ。あれ、正当防衛? 完全にパニック状態。
 村人が凶器をかまえて、決死の形相でにじり寄る。アーダルベルトと呼ばれた奴は農具や石は手にしていない。その代わり、腰には長い剣を帯びていた。攻撃力の高そうな男は言う。
「まあ、落ち着けよお前ら。こいつはまだ何も飲み込めちゃいねぇんだ。今のうちに説得すればもしかすると……」
 背中を向けた遠くから、何か規則的な音が聞こえてきた。急速に大きくなるその音に全員が戸惑《とまど》いうろたえた。聞き覚えがある。蹄《ひづめ》の音だ。複数の馬が地を蹴って駆ける、地響きにも似た力強い、蹄の音だ。
「ユーリ!」
 名前を呼ばれて振り返る。
 白馬に乗った上様《うえさま》が、おれを助けに……。
「……がっ……」
 それを見た感想が「が」で終わってしまったのも無理はない。駆け付けた三騎は白馬でも上様でもなかったし、しかもちょっと目線を空に向けると、とんでもないものが迫ってきていたのだ。そこには「あるもの」が飛んでいた。生まれて十五年と九ヶ月あまり、見たことも想像したこともないような代物《しろもの》が。
 使い込まれて薄茶色くなった骨格見本に、竹ヒゴに油紙をはりつけたような翼が生えている。しかもそいつは羽根をバタバタさせて、当たり前のように空を飛んでいた。
 ガイコツ、に羽根をつけると、飛べるもんなんですか?
 素晴らしい、素晴らしく精巧にできている。支えているピアノ線も、浮力源であるホバーやプロペラも見当たらない。この仕組みはどうなっているのだろう。
「離れろアーダルベルト!」
 駆け付けた三騎はいずれも額に黒のある栃栗毛《とちくりげ》に近い馬で、抜き身の剣をかまえた兵士らしい男達を乗せていた。もっとも栃栗毛なんてJRA的な呼び方は、ここの住民たちには通じないだろう。リーダーらしき青年が、顔は見えないけれど厳しい声で、続く二人を制する。
「住民には剣を向けるな! 彼等は兵士じゃない」
「ですが閣下っ」
「散らせ!」
 村民役の人々に割って入った三頭の馬は、一声いなないて前肢《ぜんし》を上げる。あまりの砂埃に口を覆って、おれは情けなく咳きこんだ。ベージュの霧の中で、青とオレンジがスパークする。追うようにガツンと、金属のぶつかりあう重い響き、集団が逃げ惑う、乱れた悲鳴と草の音。
 誰かに腕を掴まれる。周囲の幕が徐々に薄くなる。
「フォングランツ・アーダルベルト! なんのつもりで国境に近付く!?」
「相変わらずだなウェラー卿、腰抜けどものなかの勇者さんよッ!」
 あ、解った。戦国時代の合戦の決まりごとみたいに、やあやあやあ我こそはなになにのなんたらかんたらなーりーと名乗ってからでないと勝負できないルールなんだな? と考えている間に、おれの身体をゆっくりと地面から持ち上げられていった。埃の晴れた斜面では、騎兵に追われた村人が家を目ざして走り、馬から飛び降りた青年がアメフトガイと剣を合わせていた。大地が遠くなったと思ったら、急に反転してその場から運び去られる。自分の体重がかかった腕が猛烈に痛んだ。
「おれなんで飛んで……うそ!?」
 おれの両腕を掴んで運んでいるのは、仕組みがわからないほど精巧な骨格見本だった。茶色の油紙に似た翼を動かして、よたよたと前方に飛んでいる。そいつはどこからどうみても、羽根のついた骸骨《がいこつ》に他ならなかった。真下から見上げても脊椎《せきつい》の先にあるのは表情のつくりようがない顎骨《あごぼね》と頭蓋骨だったし、うつむいた顔の眼窩《がんか》の部分には暗い空洞があるだけだが。
「なんかえーと、どーも」
 攫《さら》われている身分にもかかわらず、礼を言いたくなるくらい、一生懸命な気がしたのだ。ちょっとでも気を抜くと落ちそうになるのか、飛行骨格見本はパタパタと、必死で翼を動かしている。ちらりとこっちを見たアーダルベルトが、兵士のリーダー格らしいウェラー卿とチャンバラしながら言い捨てた。
「うまく仕込んだものだな! 骨飛族《こっひぞく》に人を運ばせるとは!」
「彼等は我々に忠実だ。私怨にとらわれて自分を見失うこともない」
「貴様はどうだ、ウェラー卿? おぉっと」
 運搬中のおれが首をねじって見たところによると、アーダルベルトと呼ばれたミスター肉体派は、ウェラー卿というリーダーの切っ先を、すんでのところで飛びすさって避けたようだ。
「あんな連中のために使うには、その腕、惜しいと思わねえのか?」
「あいにくだったなアーダルベルト」
 ウェラー卿のほうは、相変わらずカーキ色の背中とダークブラウンの頭部しか見えない。それなのに何故か、彼が一瞬、笑ったのが判った。
「お前ほど愛に一途じゃないんでね」
 村人を残らず追い払った部下達が駆け戻ってくるのと、二人が互いに剣を引くのとは同時だった。アーダルベルトは馬に飛び乗り、木の高さを移動中のおれに叫んだ。
「少しの間の辛抱だぜ、すぐに助けてやるからなっ!」
「助けて……ってーとおれは今、善悪どっちの組織に連れ去られようとしてるわけ!?」
 眼下では敵を追おうとした兵士が、茶髪のリーダーにとめられている。
「よせ、深追いするな!」
「奴は一騎です。分が悪いと思ったからこそ引いたのでしょう、今追いつけばおそらくは」
 ウェラー卿(依然として顔は不明)は、ビシッと言い放った。かーっこいー。
「今はなにより陛下の御身《おんみ》を、ご無事にお連れするのが最優先だろう!」
 オンミをゴブジにオツレされるヘーカというのは、もしかしてこのスーパー歌舞伎みたいになってるおれだろうか? 超斬新なテーマパークで、超凝った演出のアトラクションに参加しながら、陛下役のおれは密かに呟いた。
「……とりあえずこの、超よくできてる空中ライドから降ろしてくんねーかな」

我的网上小窝“夢のパラダイス”
http://blog.hjenglish.com/cyqm/
一个关于动漫游戏、日语翻译、生活点滴的blog,欢迎大家常来坐坐~~~
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522
只看该作者 1楼 发表于: 2005-08-02
@@"严重支持

最近才开始恶补魔王,一上手就爱上了,刚好满世界找小说呢,帅^^

楼主快点把后面的也放上来吧

(PS:中间好象有乱码>"<)
级别: 新手上路
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2005-03-06
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24
只看该作者 2楼 发表于: 2005-08-02
どうもありがとうございました!
就是不知道什么时候能看懂.我会加油的:)

级别: 新手上路
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2005-01-26
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18
只看该作者 3楼 发表于: 2005-08-02
赞一个,楼主太伟大了~!!!!!坚决支持!!
级别: 骑士
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2002-05-08
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1166
只看该作者 4楼 发表于: 2005-08-02
引用
最初由 那塔枷罗 发布
(PS:中间好象有乱码>"<)

刚才查看了一下,确实多出了几处“#123;”这样的乱码。。。@_@||
但是很奇怪啊,原文件是没有的,不知为什么贴到论坛里就出现这么多。。
不知有谁知道原因和解决办法呢?~~~

第一卷共10章~~~以后基本会每晚更新一章的~~~
这是第二章~~



「陛下!」と、その人は言った。
 濃い灰色の長い髪とスミレ色の瞳、背筋の伸びた九頭身で。
 一人では降りられず、馬の背中で尻を押さえたまま、おれは返事に困っていた。陛下と呼ばれて何と答えればいいのか。しかもこんな三十前後の、男盛りの超美形に!
 この人の美しさを的確に表現できないのは、おれのボキャブラリーが貧困なせいでも、おれのCPUの回転が特別遅いせいでもない。平均的高校一年生のまわりには、そうそう美形なんていやしないし、ましてや目の前に立つ男は、見慣れた日本人でさえなかったのだ。
 ウェラー卿の背中にしがみついたまま半日あまりという、初めてにしては苛酷な乗馬体験ののちに辿り着いたのは、さっきよりいくらか規模の小さい、木造建築の村だった。家の数は十五軒くらいで、村というより隣組だ。少し離れた森の入り口に、武装した兵が次々と別の方向から戻ってきていた。恐ろしいことにパーティーには必ずあの「翔《と》べ、骨格見本!」がついている。まさかとは思うが、あいつはこのテーマパークのマスコットキャラクターなのだろうか。だとしたらすごい悪趣味、いや、斬新な起用。
 兵達とは離れて村の中央を突っ切り、大きめ(とはいっても4LDKくらい)の家の前まで来たときに、勢いよくドアが開いて彼が飛び出してきた。
 顔を見た瞬間に言葉にするのを諦めた。それくらい美形、もう超美形、スーパー美形、ウルトラ警備、じゃなかった、美形。怜悧《れいり》さを感じさせる端正な面持ちだとか言ってらんない。あったまよさそなすげー美人! 頭悪そな表現だが。
 見目麗しい上に声も腰にくるバリトン。さっきのアーダルベルトもかなりのハンサムさんだったが、この人はもう目が合っただけで女の子が失神するような完璧さだった。二十代後半かという年齢からすると、気を失うのは少女だけではないだろう。熟女も老……いや淑女全般。
「コンラート、早く陛下に手をお貸しして……」
「はいはいっと。陛下、こちらに身体を傾けて、ゆっくり降りてください、そうゆっくりと」
 ウェラー卿の名前はコンラートというらしい。やっと馬から解放されて、両足が平らな場所に着く。まだ上下に揺れてる感じ。
「ああ陛下、ご無事でなによりです! このフォンクライスト、お会いできるこの日をどんなに待ち望んでいたことか」
 芝居がかった調子でそう言いながら、地面に膝をついた。おれはぎょっとして後ずさる。急な動きに臀部《でんぶ》が痛んで舌打ちすると、美しい人が顔色を変えた。
「陛下、どこかお怪我でも!? コンラートっ、あなたがついていながら」
「ケツが痛いんですよね、陛下。乗馬が初めてだったから」
 ねっ、て。にっこりされて戸惑った。だが、フォンクライストと名乗った美人さんはそれどころじゃない。
「初めて!? 最近の初等教育では乗馬の訓練もしないのですか? どうして眞王はそのような世界に陛下を……」
「とか言ってる場合じゃないようだよ、ギュンター。フォングランツに先を越されかけた」
「アーダルベルトに! 陛下、奴等になにかされませんでしたか!?」
「……石を投げられて鍬《くわ》や鋤《すき》で詰め寄られたけど……」
「なんということを! あの人間ども……けれど、陛下……何故お言葉が」
 なぜ言葉が通じるのかと訊きたいのだろうか。おれは右手をへろへろ振って、にやけかける頬を我慢する。
「やだなあ、皆さんの日本語はとてもお上手ですよ。通じるかどうか心配するなんて、謙遜《けんそん》するにも程がある。もう出てくる人出てくる人、みんなペラペラでびっくりだよ。すげーや、ブラボー、ビバ役者魂。日本にきて何年目? お国はどっち?」
 フォンクライスト(姓)ギュンター(名)が、怪訝な顔をした。
「お国……は、ここですよ」
「日本生まれ!?」
 その時、ウェラー卿が衝撃的なことを言った。

「陛下、ここは日本じゃないんだ」
「あ、ほーらね、やっぱ日本生まれじゃないんでしょう? だったらここは……って」
 はい?
 ここは日本じゃない?
 今、ここは日本じゃないっておっしゃった?
「じゃあなんで皆で日本語しゃべってるんですか?」
「しゃべってないよ」
 この時初めて、おれはウェラー卿を真正面からじっくり見た。十九は二十歳くらいの背格好で、これまでの村人とは違った機能的な服装だ。テレビや映画の影響でか、カーキ色でベルトとブーツが革のそれは、どこかの国の軍服に思えた。
 ダークブラウンの短めの髪と、薄茶に銀の虹彩《こうさい》を散らした瞳。眉の横には古い傷跡が残っている。傷はそこだけではなく、両手の甲や指にもあった。その手をおれの肩に置いて、わざと目線を下げてくる。
「ここは日本じゃないんだよ、ユーリ。日本どころか、きみの生まれ育った世界でもない」
 こんな衝撃的なことを告げられていながら、おれはぼんやりと別のことを考えていた。ああ、この人はわかる。こいつのことを誰かに伝えろと言われたら、きっとどうにかうまく説明できるだろう。
 ウェラー卿コンラートというのは、ウィンブルドンのセンターコートで思わずガッツポーズをとると、観客が総立ちで拍手するような人だ。でもその祝福は彼の顔の造作のせいじゃない。ギュンターやアーダルベルトに比べれば、彼は地味で、ハリウッドの脇役にはこんなタイプが多いだろうという程度だ。けれどこの人の表情は、今まで生きてきた人生の結果だ。神が愛したものでも芸術家がつくりあげたものでもない、自分自身の生きざまだ。
 と、いう奴なんだよ、コンラッドって。おれは誰かにそう教えてやれる気がした。
「コンラッド……じゃない、えーと、コンラート」
「え? ああ、英語に耳が慣れてるなら、コンラッドのほうが発音しやすいでしょう。知人の中にはそう呼ぶ者もいます」
「おれ、あんたとどっかで会ってるかな」
 少し考えてから、コンラッドは首を横に振った。
「いや」
 灰色のロン毛にスミレ色の瞳、年長の美形が割って入る。
「とにかく陛下、こんな場所ではお話もできません。むさ苦しいところですが、どうぞ中へ」
 他人の家で勝手なことを言いながら、ギュンターはおれの背中を押した。ふと振り返ると木造の質素な家々のくもった窓に、この村の住人であるらしい人々がはりついて、こちらの様子を窺っていた。


 部屋は暖かく、薪《まき》ストーブに火が入っていて、湿った学ランのままだったおれにはありがたい環境だった。さっきまでは日本の五月だったのに、今はどこだ、どこの何月だ!? 西だか東だかも判らないような汚れた窓から、夕陽のオレンジが差し込んでくる。
 公園のトイレから濡れて流されてまた濡れて生乾きして、ここが日本の我が家だったら、とっととひと風呂浴びにいくところだ。
 湿気《しけ》って気持ち悪い上着を脱いで、火の近くに広げようとする。そんなことでギュンターは感激したようだ。
「陛下、普段から黒を身につけていらっしゃるのですね。素晴らしい、素晴らしくお似合いになる! 平素から黒を纏《まと》われるのは、王かそれにごく近い生まれの者のみです。その高貴なる黒髪と黒い瞳、確かに我々の陛下です!」
「……ていわれても学ラン、制服なんで……それに日本人の大半は、生まれた時から髪も目も黒いんで……」
 それぞれの成長過程によっては、肌の色まで変わってしまうのだが。ちょっと前に流行ったいわゆるガングロとか松崎しげるに。おれの場合は中三の中頃まで野球部員で、髪もようやく伸びてきたところだ。夏休みに入ったら思いきろうかななんて考えていた矢先。
「ガクラン? ガクランというのですかこの上衣は。なるほど、最高に腕のいい職人に、陛下のお召物《めしもの》として特別にあつらえさせたものなのですね」
 実際は工場で大量生産。日本全国の男子中高生が愛用中。しかも三年間着られるようにと、現在の体格より少々でかい。
「陛下、寒いとお思いかもしれませんが、この国ではこれでも春なんですよ」
 コンラッドがそう言って戸口の脇に陣取った。見張りの役割のつもりなのか、剣を立てかけ腕組みをしたまま頭を壁に預ける。ゆっくりと目をつぶった。
 仕方なくおれはなるべく火の近くに椅子をずらし、山奥の民芸品店でしか見ないような荒っぽい丸木造りのテーブルについた。一般的には電灯がぶらさがっているはずの天井からは、山小屋にありそうな心許《こころもと》ないランプが。
「……季節まで細かく設定してるなんて……どこまで凝ったアトラクション……」
「アトラクションじゃありません」
 目を閉じたままのコンラッドに訂正される。
「だってそんなん急に言われて、信じられるわけないじゃん! おれの中では今のところ、いちー、金かかったテーマパークの凝ったアトラクション、にー、テレビでよくあるサプライズ企画、さーん、夢オチー、のどれかだもん。さあ、どれか選んで。希望としては三番」
 コンラッドは答えなかったが、目の前のちょっと困った顔をしたギュンターが、耳慣れない単語を呟いてからおれに向き直る。
「テーパー……さぷらいず……? お待ちください陛下、順を追ってご説明申し上げますから。どうか冷静に、異国の単語で私《わたくし》を試すのはお許しください」
「おっけー、おれは冷静だよ。もうあんたがおれの母親だって言われても、手ェ叩いて笑ってアメリカンジョークを返せるよん」
 諦めて両手をあげると、向かいに座ったギュンターは、ぐっと身を乗り出して話しだす。
「では申し上げます。陛下、今から十八年前、陛下の魂はこの国にお生まれになるはずでした。ところが当時の戦後の混乱のためか、それとも陛下のお命を狙う者の気配が国内にあったのか、眞王のご判断はあなたさまの御魂《みたま》を異界へ送るというものでした。そこで我々は未《いま》だお生まれになっていない陛下の気高い御魂を、眞王のご指示通りにあなたさまの地球にお連れいたしました。陛下はそこで現在の御尊父と御母堂の間でお体をつくられ、今日まであちらの世界でお育ちになられたのです。しかしつい先頃、本来なら異界で成人するまでは安全にお過ごしいただくはずだった陛下を、お呼びしなければならない事情が……」
「待ってくれ、あまりに『お』が多すぎてよく判らない。できたらもっとくだけた言葉で!」
「そんなご無理を仰《おっしゃ》らないでください。陛下は陛下であらせられ、我々は臣下なのですから」
「へーかへーかってさあ、おれの名前は有利、渋谷有利原宿不利なの。自分で言うのは久しぶりだけどっ。ここまでの展開はこうだよなッ!? 本当はおれはこの世界に生まれるはずだったけど、何らかの理由で違う世界で生まれ育った。けど今になって用事ができたから、日本からここまで呼び戻した。どっか違う?」
「素晴らしい、その通りです。そのご聡明さに感服いたします」
 おれの自棄《やけ》になったまくしたてに、心底うれしそうにギュンターは深く頷いた。
 ナルニア、じゃなかった、なるほど、よくある話だ。映画じゃそんなのザラにあるし、アニメや漫画でもよくあるネタだ。文庫本や児童文学書にだって、クオリティーの差はあるにせよ、そりゃあもう数えきれないほど転がっている。目新しさはまったくない。ただし、実際にそれに巻き込まれる人は滅多にいない。それも、公衆便所からというのは、非常に珍しい。
「で、おれは便所穴から異世界につづくトンネルを通って、あの山道に落ちてきたわけね」
「そうなのです。計算では国内の、それも王都の範囲内にお呼びできるはずでした。しかし余分な力が加わったのか、国境を外れた人間どもの村に。申し訳ありません、陛下。万一に備えて国境に配した者達のうち、コンラートが間に合って本当に良かった。この土地はもう我が国の領土です、さしあたっての心配はございません。どうかご安心くださいますよう」
「ご安心っていってもさ、安心してる場合じゃないのはあんたたちだって同じだろ。ホントにあんたの探し人はおれなの? 日本の人口密度からいったら、人違いって可能性もあるぜ? おれなんか外見も脳味噌も平均的だし、変わった形のアザもないしさー」
 おれの身体のどこにも、こういう場合によく証拠になる特殊な形の痣《あざ》はなかった。強《し》いて言えば左肘に微《かす》かに残る、ガキの頃のひきつった痕《あと》だけだ。
「だってえーと、ギュンター、さん、左腕の火傷《やけど》っぽいのは、野球やってて人工芝で擦《こす》った痕ですよ。生まれつき持ってる『陛下の証《あかし》』みたいのは、おれの身体のどこにもないし……」
 知的だった様子が、ちょっと崩れて甘くなった。よくいえば熱愛報道にこたえる俳優みたいに、悪くいえば猫のことを語る飼い主みたいに。
「いいえそれはもう陛下、一目お姿を拝見した時から、このお方に間違いないと強く思いましたとも! 純粋で気高い黒の髪、澄んで曇りない闇の瞳、こんな美しい色を身に宿してお生まれになり、その上、漆黒のお召物をまとわれるのは、あなたさま以外に考えられませんから」
 げ、美しいとか言ってるよ。美しいっつーのはアンタみたいなヒトのことでしょ。
「それに、お言葉が堪能《たんのう》だったことで、一層はっきりいたしました。アーダルベルトがしたことは……私としては口惜《くちお》しくてなりませんが……奴は陛下の魂の溝から、蓄積言語を引き出したのです。どんな魂も例外なく、それまで生きてきた様々な『生』の記憶を蓄積しています。もちろん通常はその扉が開くことはなく、新しい『生』で学んだことだけを知識として活用してゆくわけです。ところがあの男はその扉をこじ開けて、封印された記憶の一部を無理遣《むりや》り引き出してしまったのです。野蛮で卑劣で無節操な、人間どもの使う術で!」
 語気の荒い説明に、おれは怖《お》ず怖《お》ずとうかがった。
「……便利なことのように聞こえるけど」
「とんでもない! 巧《たく》みに言語の部分だけを呼び起こせたから良かったものの、不要な記憶まで甦《よみがえ》っていたらと思うと! 自らの魂の遍歴を知りたがる者などおりませんよ」
 日本には知りたい人が多いみたいだけどなぁ。戸口の横から、コンラッドが冷静に口を挿《はさ》む。
「けど考えようによっては、我々が今こうして陛下とお話しできるのも、あいつの術のおかげだろ。済んじゃったことで青筋たてるのは時間の無駄だよ、フォンクライスト卿」
「……陛下に高等貴族語をお教えするべく、教本と物差しを用意しておりましたのに……」
 心底悲しそうな口調だけど、おれとしてはモノサシの使用法が気になるところだ。アンダーライン目的なら、無問題。
「とにかく、言語蓄積があるということは、陛下の御魂がこの世界のものであったという証拠です。今では自信が確信に変わりました」
「ギュンターさんたら……どっかで聞いたこといっちゃってさ……」
 どうやら彼等はおれのことを『陛下』と信じて疑わないらしい。
 だが、こういうシナリオはだいたいの場合、勇者とか救世主とか王子とか王女とかとして呼ばれた主人公が、その世界の問題を無事に解決し、めでたしめでたし一件落着ぅーと終わる。ハッピーエンドではない物語は好まれないと、高名なベストセラー作家も言っているほどだ。
「わかったよ、信じろったっておれには多分無理だけど、とにかくこれを終わらせるには、そっちの話に乗るしかないわけだろ? だったらさっさと済ませちゃおうぜ、おれが呼ばれた使命は何? なんてお姫さま助けりゃいいの? どこのドラゴンやっつけりゃいいの?」
「ドラゴンですって? 竜ですか!? 竜を殺すなんてとんでもない、あの種は人間どもの乱獲で絶滅しかかっていて、我々が必死で保護しているのです」
 この世界では、ドラゴン、レッドリスト最上位。
 木の扉が遠慮がちに数回叩かれて、剣に手をやったコンラッドが用心深く細く開ける。立っていたのは十歳かそこらの子供達で、彼を見上げて満面の笑みになる。
「よう」
「コンラッド! 投げるの教えて、どうしてもうまく狙えないんだ」
「打つのも教えて、そのあとどうなったら終わりなのかも」
 親達は兵士を恐れて家から出てこないが、子供にとってはそうでもないらしい。そして彼等にとっては、ウェラー卿でも閣下でもなく、ただの年上のコンラッドさんということか。
「おまえたち、もうすぐ日が暮れて真っ暗になるぞ。すぐに何も見えなくなる」
「まだ平気だよ」
「まだ大丈夫だよ」
 彼は困ったようにこちらを向き、頭を下げてから部屋を出ていった。
「……子供に好かれてるとこ見ると、いいヤツみたいだね、あの人は」
「ええ、武人としてはおそらく王国一でしょう。私の自慢の生徒でした」
「教師なんだ、えーと、フォンクライストさんは」
「どうかギュンターとお呼びください。もちろん、私は教師です、そして王陛下を補佐する、王佐としてもお仕えしております」
「教師だってんならズバッと簡潔に教えてもらおうか。ギュンター、おれはこの世界で何をすればいいわけ? どんな厄介な敵を倒せば、埼玉の実家に帰してくれんの」
「人間です」
 ストーブの薪《まき》がパチンと爆《は》ぜた。
「……人間……それで、それは、どんな人物で……」
「人物、ではありませんよ陛下。我が国に敵対する全ての人間どもを滅ぼし、奴等の国を焼き尽くす。そのためには指導者として、君主としての陛下の御力《おちから》が必要なのです」
 人間を、滅ぼし、焼き尽くす?
 人間を滅ぼす!?
 おれは椅子を蹴って背後に逃げ、失敗して床に尻餅をついた。慌ててギュンターが駆け寄る。
「大丈夫ですか、陛下っ」
「うわ、待った! あんた人間を殺そうっていうのかギュンターさん!? だったらおれも殺されることになっちゃうよ! だっておれどっから見ても平凡な人間だし、いや待てよ、そんなこと言ったらあんたたちだって、ちょっと顔は人間ばなれしてるけど……やっぱ人間だよな」
「陛下はどこから見ても我々と同じ魔族です。いえそれ以上に、高貴な黒を持たれる敬うべき存在のお方です! 身体に黒を宿してお生まれになるのは、魔族といえども王か、それに近しい、選ばれた御霊《みたま》の方のみです。しかも髪と瞳の両方が黒い、双黒《そうこく》の現人《あらひと》となりますと……」
 聞き逃せないフレーズがあった気がする。
「我々と同じ、なんだって?」
「魔族です」
 まさか。
「……で、おれはなんの、陛下だって?」
「魔王陛下であらせられます」
 魔王。
 お父さんお父さんほらそこに「ほにゃら」がいるよこわいよ。
 ハクション大「ほにゃら」。
 元、横浜《ハマ》の大「ほにゃら」。
 あれ、ハマの大「ほにゃら」は、答えが違ってる気がするな。
 そもそも何だっけこの「ほにゃら」って。
 人間を呪ったり襲ったり殺したりする、おっそろしい悪魔の親分だった気がするな。
 で、それはそれとして、おれはなんの陛下ですって?
「しっかり、陛下、しっかりしてください! お気を確かにもって! あなたは我等の希望となる、第二十七代魔王陛下なのですよっ」
 ああー、やっぱりぃィー、やっぱおれのことを魔王なんて呼んでるぅー。けど二十七はいい数字だよねー、27はー。
 肩を掴まれてがくがくと揺さぶられている。あまりのショックで意識が現実逃避してしまったのだ。だってこの人、おれに悪魔になれとか、人間どもをぶっ殺せとか言うんだ。そんなバカな、そんなことできっこない、どうして敵がスライムとか悪の魔法使いとかデビルドラゴンとか大魔王じゃないんだー、って、魔王はおれか、じゃ、おれは、この世界では敵側か!? どっかに人間の勇者か救世主がいて、最終ダンジョンで倒されるラスボスがおれか!? くっそーだったら二回や三回のリセットで終わらせないように、全力で勇者と戦ってやる! レベル99くらいないとエンディングに行けないように、こっちも死ぬ気で……おい最終的には死ぬ気どころか、確実に死ぬじゃん、ラスボスのおれ。ピンチ時によくあるマシンガンシンキング! 敵の魔法攻撃でパニック状態!
 あああーうそーっ、誰か嘘だと言ってくれー!
「嘘じゃありません陛下っ! ほんとにあなたが魔王なんです。おめでとうございます、今日からあなたは魔王です!」
 何がおめでたいものか!


 外はもう半ば紫で、残りの半分はオレンジ色だった。
 家々の窓から漏れる灯りも、頼りなくゆれるランプの火だけ。そんな中で子供たちがはしゃぐ声と、ぼんやりとした笑顔が動き回っている。
「陛下?」
「うっわ、やめてくれ、陛下なんて呼ばないでくれ」
 コンラッドは腕組みをしたまま壁に寄り掛かっている。三歩離れた所に四角い板切れがあり、その横に十歳かそこらの子供が立っている。両手で構えている棒からすると、どうやらクリケットと野球の中間みたいなゲームらしい。グリップ部分に布を巻いたバットは妙に太いし、ピッチャーの後ろに野手は二人、その上どこにもキャッチャーがいない。
「おれ、クリケットのルールは知らないんだけど、一人打ったら次は誰が交代すんの?」
「交代もなにも、この村には子供が五人しかいないんですよ」
 もう一人は外野にいた。夕暮なので影だけだ。
 投手がボール、らしいものを投げると、打者が思い切った空振りをする。壁に当たって転がるボールを、コンラッドが拾って投げ返してやる、という進行具合だ。
「空振り三振でアウト。ハウエル、一塁と代われ」
「野球だったのか」
 だが、なんでこの剣と魔法の世界に野球が……。外野にいた子供が走ってくる。五人の中では体格がいい方の、金髪を突っ立てた少年だ。
「待て待て、野球ならどうしてキャッチャー置かないの。あんたが座ってやればいいじゃん」
「大人が入ると不公平だから」
「いや、そーいう問題じゃねーよ、そーいう問題じゃ。じゃあそうだな、外野だったやつ。きみ名前なんてーの?」
「ブランドン」
 まさに声変わり真っ最中という、いがらっぽく嗄《しゃが》れた声だった。
「じゃあブランドン、お前キャッチャーやれ。ほらそこしゃがんで、来た球を受ける。ああもしかしてミットがないのか、それどころじゃない、グラブも無いの!?」
「陛下……じゃなかったユーリさま、ここは国境の向こうから流れこんできた難民の村なんです。遊び道具が充実してるわけがない」
 子供はおれの手を振り切り、怯えた様子で見上げてきた。
「陛下!? 陛下って、コンラッド、この人だれ!? 母さんたちが言ってた恐い人!?」
「ブランドン! この方は我が国の王になられるんだよ。恐い人どころか、お前たちの村を守ってくださるお優しい方だ」
 そんな考えてもいないこと、子供に宣言しないでくれ。
「王様!?」
 だが集まってきた五人……男の子四人と女の子一人は、その場に跪《ひざまず》いて顔を覆った。額を地面に押しつける子もいる。大尊敬、という様子じゃない。
「お許しください王様っ、どうか首をはねないで下さい、どうか家を焼かないで」
「ハウエル、お前たちは何も悪いことをしてないんだから、陛下がそんなことなさるわけがないだろう。ほらエマ、顔を上げて」
「けど王様は父さんを……っ」
 つらい記憶が甦ったのか、少女が声を上げて泣きだす。何軒かの扉が開いて母親がそれぞれの名を叫ぶと、子供たちは一斉に、家に向かって駆け出した。
 おれは足元にあった球を拾った。この軽さであのピッチャーなら、マスクもミットも必要ないだろう。ボールといっても丸く縫った革袋に藁《わら》を詰め込んだ軟《やわ》らかいもので、投げた本人にもどんな変化球になるか予測できないシロモノだった。
「おれがあいつらくらいの頃も、やっぱり暗くなるまで野球やってたなあ。それで夜になったら今度はゲームとテレビで、宿題とかやるヒマ全然ないの」
「どこの国でも、子供なんてそんなもんです」
 ホームベース代わりだった板切れを踏んでみる。
「なあ、コンラッド」
「はい」
「おれが王様だってのは本当? しかも、泣く子も黙る、大魔王だってのは」
「本当です。大がつくかどうかは定かじゃないけど、陛下は正真正銘、第二十七代眞魔国君主です」
「それじゃおれも、国民の首をはねたりすんのかな」
「それは違う! ここは難民の村だと言ったはずです。確か六年前の冬に、宗教的な誤解から弾圧を受けて、男たちは全員処刑されたとか。庇護《ひご》を求めて国境の関まで来た女子供に、農地を広げないという条件で、ほとんど課税もしないまま、我々はこの土地を貸してやっているんです。男たちを殺して家を焼いたというのは、彼等が捨ててきた人間の国の、愚かな王のしたことですよ。もっとも……」
 コンラッドは唇をかみ、悔しそうに下を向いた。
「……そんな人間ばかりじゃないってことも、覚えておいてほしいです。さ、陛下、中に入りましょう。日が暮れると急激に温度が下がります。またギュンターに説教されちまう」
 星が光りはじめた。月はまだ低い。窓からもれる明かりは、ぼやけて頼りない。
 光るものは他に何もない。ネオンも自販機もコンビニも街灯も。
 なんてとこに来ちゃったんだろ、おれ。
「……なんて罠に、はまっちゃったんだろ、おれは」
「だけど、ここがあなたの世界だ」
 民家の扉を開けながら、コンラッドは笑った。他にたいした光源もない宵闇《よいやみ》には、室内のランプの明かりでさえ、まるで横向きのサーチライトだ。
「おかえりなさい、陛下」
 あなたの魂が在るべき場所へ。


 ああ、食文化の違い!
 夕食と称して与えられたのは、犬でもかじらないような靴の革と、常温でも釘が打てそうな乾燥したパン、噛むより舐めるほうが歯にいいだろうというドライフルーツだった。
「これは軍用の携帯食だから、こんなに乾燥しているんです」
 と言い張るギュンターと差向いで、おれは一口三十回咀嚼を黙々と実行した。死ぬほど腹が減っていたが、それくらい噛まないと飲み込めない干し肉だったのだ。
 子供に好かれる軍人ナンバーワンのコンラッドは、ブランドンかハウエルかエマあるいは名前を聞かなかった二人の家で夕食をご馳走になるらしい。
「おれもそっちに行きたいよー」
「いけません。この村の住民は人間ですよ、人間の作ったものなど召し上がって、お身体に障ったらどうなさいますか」
「おれ人間だから平気だって」
「いいえ! 連中が不届きなことを企《たくら》まないとどうして言い切れます? 陛下のお命を危険にさらすようなことなど、このギュンターにはとてもできません」
 そして、ああ、寝具文化の違い!
 おれとしてはもちろん自分が、住民から借り上げたというこの家の一番上等な寝室で寝られるものだと信じていた。だって魔王だっていうんだから、疲れ切った身体をふかふかの布団で休ませるくらいの贅沢《ぜいたく》は許されるだろう。ここまで見てきた世界観からすると、布団というよりベッドかもしれないけど。ところがおれの問いに、ギュンターは当然という顔で答えた。
「どうして? ねえちょっと、どうしておれは寝袋で、さっきの寝室に入ってった兵隊さんはふかふかベッドなわけ!? なあおれホントに王様なの? それ以前にこのシュラフ、ちゃんとお日さまに干してある?」
「陛下のお命を狙って寝室に賊が押し入ったらどうなさいますか、先程の兵は身代わりです。ここなら窓からの襲撃はありませんし、入り口はコンラートが固めますからご安心を」
「陛下、明日は一日中馬の背中ですからね。今夜はゆっくり寝て、体力たくわえて下さいよ」
 ぐっすり寝ろといわれても、窓さえないような狭くて埃っぽい納戸に閉じこもり、申し訳程度に綿の入った茶色のアウトドア寝袋を広げられては……。床は硬いし野営用シュラフはタフガイ仕様。おまけに外国製ハンサムさんに囲まれて眠るのも初体験だ。ああ、なんという「川の字」睡眠。王様ゲームの王様だって、もっと自由を保証されているだろう。
 そして翌朝、ああ、交通文化の違い!
 寝不足のおれの前には、元気よさそうな五頭の栗毛が引き出されていた。早朝のきんと澄み切った空気に、彼等の鼻息は勢いよく白い。
「また馬ぁ!?」
 濡れて、再び乾いたバリつく学ランを着たままで、おれは巨大な生き物に恐る恐る手をだした。うひひん、と脅されてひっこめる。
「だってあんたたち魔族なんだからさあ、魔法とか自由に使えるんだろー?」
「魔法……魔術のことですね」
「うん、そう、魔法。だったらなにも、都? だか城だかまでさ、猛スピードで馬で走んなくたって、魔法でばひゅーんと飛ばしてくれればいいことだろ」
 どこでも扉とか、バンブーコプターとか、そういった便利なもので。
 ギュンターはわざとらしい咳払いをして言った。
「陛下、魔術とはそう万能なものではないのです」
「えー? おれの見たテレビではさ、魔女とか魔法使いとかが、ほとんど科学を無視した方法で、杖を振るだけで何でもできてたけど」
「てれびというのが誰の書いた戯曲や舞台なのかは存じませんが、それは不必要に誇張された情報です。魔術が役に立つのはほとんどが戦闘の時ですし、それ以外では、ほら、陛下をお呼びした際のように、非常に重要で特殊な場合のみです」
 テレビと現実は違うってことか。おれがひとことごねようとすると、
「まあ簡単にいうと、省エネ」
 鼻面をこすりつけられながら、コンラッドが言った。
「もっとも、魔力のかけらさえ持ち合わせてない俺がそう言っても、説得力はないけどね。さあ陛下、俺とギュンターのどっちとタンデムする? 昨日おっしゃってた乗馬経験は……」
「メリーゴーランド少々」
「そう、カルーセル少々でしたね。そんなんじゃ三日かかっても王都に着けないから、やっぱり俺の後ろに乗ってください。こいつらの負担は増えるけど、細かく中継していけば、まあ頑張ってくれるでしょう」
「まだ昨日のケツの痛みさえ治ってないのに……え、カルーセルって何で知ってんの」
「まあ覚悟しといてくださいよ。今日は前も痛むかも」
 先行する兵士たちが、彼等に挨拶して次々と発ってゆく。見上げるとその上空には、昨日同様に改造骨格見本が。もちろん、自分たちの頭上にもだ。やはりマスコットキャラクターなのだろうか、だとしたら名前は? コツモ飛び丸? ミスターカルシウム?
「コッヒーはどう? やっほーコッヒー、昨日は運んでくれてサンキューな。同じヤツなのかどうなのか、ちょっと区別がつかないけど」
 勝手に名前を決めて、ひっそり手なんか振ってみる。と、顎をカタカタ鳴らして、はばたきを盛んに繰り返した。ものすごくグロテスクだ。思わず教育係に訊いてしまう。
「うわ、怒った! ねえあれ、怒ったの!?」
「いいえ、陛下にお声をかけられて、感極まっているのです。彼等には『個』という概念がありませんから、一人に告げれば全体に伝わったも同然です。骨飛族同士は離れていても簡単な意思伝達が可能なので、見張りや斥候《せっこう》には非常に重宝なのですよ」
 難しい言葉が多くてよくわからないが、一人は皆のために、皆は一人のためにということか。
「さ、陛下、我々もそろそろ」
 コンラッドが手綱《たづな》を右手に、おれを引き上げようと左手をさしだす。ビビッてるのか顔も見せない村人の中で、一軒だけ扉が細く開き、突っ立った金髪が覗いていた。
「あーあ!」
 そっちに向かっておれは叫んだ。
「もったいねーなぁ! もうちょい重くて硬い球で練習すれば、あいつらもっとうまくなるのに! バットももっと滑らかに削って、グリップ細くすれば打ちやすいし、それに……」
 あとやっぱ、捕手がいなくちゃね。
「キャッチャーがいなくちゃねー、野球にはー!」
 金髪が母親に掴まれて、慌ててドアが閉まるのが見えた。
「俺はときどき、この村に寄るんですが」
 勢いをつけておれを引っ張り上げてくれる。
「つらい経験をしたにしては、あの子たちはよく頑張って育ってます」
「ああ」
 父親を殺されて家を焼かれるなんて、おれには想像もつかないけど。
 ギュンターが不満げな顔をしているが、それを見ないふりで馬の腹をつつく。
 地獄の一日の始まりだった。


 健気にも時を刻み続けるアナログGショックによると、朝から六時間ぶっ通しで走り、中継点と呼ばれる場所で二度ほど馬を乗り換えた。三度目の中継点は、後にしてきた村よりもずっと大規模な集落で、柵の外側に馬をつないだ一行は、ギュンターの合図で休憩に入った。
「よっぽどお疲れのようですね。さっきから意味の解らないことばかり呟いてますよ、陛下」
 コンラッドが絶えず励ましながら走らせるので、馬の名前を覚えてしまった。その、ハシバミ色の乙女ノーカンティーから転がり落ちながら、おれは掠《かす》れ声で訴えた。
「助けてくれ」
「もちろんです。あと半分走り切ったら、どんなことでもしてあげます」
「じゃなくて、いますぐ」
「だったらとりあえず、熱量の補給にかかりましょう。要するに、昼メシ」
 地面に下りたはずなのだが、まるで船に乗っているみたいだ。おまけに春の第二月らしいのに、冷蔵庫が恋しいような日差しだった。
「食欲なんかないよ。夜は寒いし、昼は暑いし、のどは埃でカスカスだしまったく、あ」
 望んでいたとおりの物が差し出され、思わず手をのばして慌てて止めた。
 一日体験教室で素人がつくったような、不格好なグラス。ふちまで注《つ》がれた水の冷たさで、外側には霜と水滴がついている。今まさに欲しいもの、それは。
「……冷たい水……」
「陛下っ!」
 ギュンターが早足でこちらに来る。どうせまた人間のくれるものを飲み食いするなと言うのだろう。けど水の盆を捧げ持つ十歳そこそこの女の子は、髪も瞳もスミレ色だ。色以外の全ては人間と同じだが、だが……。
「きみは魔族なんだよね?」
 少女がうなずく。
「はい陛下。我等の持てる最後のひとしずくまで、陛下のお役に立てれば幸せです」
 だったらいいでしょう。彼女は魔族で、おれは魔族の王様なんだから。ガラスに指が触れる。思ったとおり、痛いほど冷たい。教育係が、何か言っている。
「陛下、お待ちくださ……」
 手の中から水がなくなって、横を見上げるとコンラッドが、おれから取り上げたグラスを口元に運んでいた。一口飲んでから、こちらに返してくる。短く「少し残して」とだけ囁く。
 ほんのわずかに飲み残したグラスを盆に戻すと、女の子は嬉しそうに、深くお辞儀をして走り去った。喉を通った冷たい感覚は、一気に胸まで広がって、かき氷の直後みたいに眉間が痛み、一瞬だけ足下がふらついた。急に頭がすっきりして、周囲の緑が濃く見えた。
「……おれすっげー渇いてたらしいや。真夏の部活中の脱水症状なみに」
「あの子は陛下に水をお出しできたことを、一生の自慢にしますよ、きっと」
 人のいい笑いでそんなことを言っている。だが、こういうシーンは時代劇で知ってる。彼は今、毒見をした。おれのために、毒見をしたのだ。
 あきれたような顔で教育係が近寄ってくる。
「陛下、我々が持参した物以外はお口になさらないようにと、再三申し上げましたのに」
「だって此処《ここ》は完全に魔族の村なんだろ? 住んでる人達だってさあ、ほらギュンター、あんたにも似てる、妙に美形の奴が多いし」
「だからといって……」
 コンラッドはノーカンティーから鞍《くら》を外し、ヒトと同様に彼女にも水を持ち上げてやった。
「変な味はしなかったし、溶けずに沈んでた場合も考えて、最後の一口は残していただいた。陛下だって物分かりの悪いお方じゃない、最初の一杯に冷たいのが欲しかっただけで、あとは水嚢《すいのう》の水でも携帯食でも、何でも我慢してくださるさ」
「コンラート、あなたは庶民に肩入れしすぎです」
「だから何?」
 しれっとした顔で、コンラッドが言う。
「国民に肩入れしなくて、誰にしろっていうんだ? ああもちろん……」
 ノーカンティーが彼の髪を咬《か》んだ。楽しげに、愛しげに。
「陛下には肩なんていわずに、手でも胸でも命でもさしあげますが」
「……胸とか命はいらないよ」
「そうおっしゃらずに」
「そんかしあんたの魔術を貸してくれ。おれはもう今こそ非常事態なんで、魔術でばひゅーんと飛ばしてくれ。もう馬はだめだ、もう馬はしんどくて」
「魔術に関してはちょっとなあ。なんせ俺は魔力が皆無だって言ったでしょう? 魔術に関しては我が国でも最高の術者の一人である、ギュンターがお役に立てますよ」
 眉を顰《ひそ》める。きゃーギュンターさまー憂《うれ》ってるお姿もちょーカッコイイー。
「私などよりも、陛下御自身の魔力のほうが数倍上です。なにしろ歴代の魔王のお力といったら、神族でさえも恐れをなすほどでしたからね」
「ちょっと待った。おれ人間だから魔力とか霊力とかぜんっぜん持ってないよ」
「へ、い、か、は、ま、ぞ、く、で、す!」
「だって霊が見えたこともマークシートが当たったことも女子の水着が透けたことも、コックリさんの十円玉が動いたことも……」
 告白。小四の時、放課後の教室でやったコックリさんは、おれが自分で十円玉を動かしました。いっしょにやってた野沢が恐がって泣いちゃって、おれがやったとはとても言い出せませんでした。何を勘違いしたのか、ギュンターは感心したような笑みを見せる。
「ご想像なさってるのは異国の高度な儀式ですか? 魔術と関係があるかは私の無知のせいで判りかねますが……でも大丈夫ですよ、陛下。魔力は魂の資質です。今はお使いになれなくとも、いずれこの世の何もかもが、あなたの意のままになりますとも」
「そうも思えないなー」
 魔力の欠片《かけら》もないらしいコンラッドは、愛馬の鼻面をゆっくり撫でている。
「俺は使えなくても、不便を感じたことはないけどね。ま、そちらは長期的展望でやっていただくとして。とりあえずは一人で馬に乗れるようになってもらわないと困るんですけど」
「一人で、おれが!?」
 ノーカンティーが激しく頭を振ると、飲み残しの水とも彼女の鼻水ともつかない水滴が飛び散った。これに、おれが!?
「いえもちろん、突っ走れなんていいません。王都に入ってからだけでいいんです。国民を失望させては可哀相でしょう? 彼等は強く気高く絶対的な王を求めてるんだから、やっぱり馬くらい一人で乗って、堂々と入城していただかないと」
「うはぁ……こいつにィ?」
「いいえー。とっておきの淑女をご用意いたしましたよー。生まれるときも俺が手懸《てが》けて、今日まで丹精こめて育て上げた愛娘《まなむすめ》を。陛下にばっちりお似合いの真っ黒いやつ」
 白馬に乗った上様《うえさま》、の夢は、潰《つい》えた。

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原来有个网站在做这个翻译的,不过现在似乎进不去了
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第三章~~~



 明かりを灯しはじめた店が数えきれないほど並び、人々はにぎやかに忙しく動き回っていた。巨大な門はおれたちのために開かれ、衛兵達が神妙な面持ちで背筋をのばす。
 となりに馬を進めながら、ギュンターが言った。
「おかえりなさい、陛下。あなたの、そして我々の国である、偉大なる眞王とその民たる魔族に栄えあれああ世界の全ては我等魔族から始まったのだということを忘れてはならない創主たちをも打ち倒した力と叡知《えいち》と勇気をもって魔族の繁栄は永遠なるものなり……」
 国歌?
「……王国、王都にようこそ」
 かと思ったら国名だった。略して眞魔《しんま》国、とコンラッドが小声で教えてくれた。そっちのほうだけ覚えておくことにしよう。
 王都に入った感想は、非常に解りやすくのべると「ケタの違うハウステンボス」というものだ。町並みといい、住民たちといい、おれの目から見るとまるで異国だ。けれど、もうさすがにテーマパークなのではないかとは疑わなかった。こんなに巨大で、こんなに凝ったテーマパークは日本には存在しない。たとえ日本ではなく、どこか海外なのだとしても、そこまで手のこんだ方法で一個人を騙《だま》す理由など、どこにあるだろうか。
 昨日まで、その辺の平凡な高校生だった自分を。
 今日からあなたが魔王ですなんて。
 騙されていないとなると、残る答えは「夢オチ」のみ。
「だったら醒《さ》めるまで、つきあうしかねーじゃん」
 乗りかかった船は港につくまで降りられないし、野球だってほとんどの場合は九回裏までゲームセットにならない。ENDマークが見たけりゃゴールまで付き合えってこと。
「何をおっしゃってるんです? 陛下、さあ参りましょう、私《わたくし》とコンラートが両脇に並ばせていただきます」
 わかりましたよ、参りますとも。
 前に九人、残りを後に従えて、一行は三列でメインストリートを進んだ。通りにいた住民は皆、両脇によけて、おれに向かって深々と腰を折った。
「あ、ども。あ、えーと。あ、ちぃース。あ、これはご丁寧に」
 律儀にもいちいち返礼すると、年長の教育係はあきれ顔だ。
「陛下……民に頭を下げるのはおやめください。もっと威厳をおもちになって」
「なにいってんの、挨拶は人間関係の基本だよ。それはどこの世界でも同じ。万国共通のルールだろ」
 今まで通ったどこの村よりも、この街は裕福そうに見える。
 少なくとも、表通りに面した場所は。
 まるで優等生にでもなったように優雅に歩く馬の背から、おれは都市を見下ろした。ついさっき主人となる男を二度も振り落とし、黒い悪魔と恐れられた馬とは思えない。
 王のために用意された駿馬《しゅんめ》は、滅多に生まれない漆黒の毛並みで、日本では青毛、この国では闇毛《やみげ》と呼ばれていた。パドックで見た競走馬よりも、ずんぐりとしていて足も太い。軍馬としての資質をすべてかねそなえているらしい。たとえ心臓が止まっても、主人を乗せて走り続けるという。理由、心臓が二つあるから。ちょっとしたズルだ。
 覚えやすいから名前は「アオ」にした。人間でいえば太郎みたいなもんで、日本では昔から馬の名前の主流だ。時代劇とかでよく出てくる。
 人々の髪や肌の色は、実に多彩で非現実的だった。聞かされていたとおり、確かに黒髪の者はいない。金髪、茶髪、銀髪、白髪、赤毛、栗毛、オレンジ(染めてんのかな)、紫(白髪染かな)、緑(葉緑素ありそうだな)…………緑!?
「ねねねねねねえ、ギュンターっ」
「はい」
「あそこに緑色の人がいるんだけどっ、ううう宇宙、宇宙、宇宙」
「ああ、癒しの手の一族ですね。彼等は血の色が少々独特なために肌も青白くなるのですが、患者の治癒力を向上させる、特殊な力の持ち主なのです。二千年前に人間達が彼等を迫害したために、この地に流れて来たようです。おかげで現在の我々の長命があるわけですが」
「じゃ、じゃあ、あの紫の髪の人は? さっきの女の子もそうだったけど」
「湖畔《こはん》族です。生まれつき魔力の強い者が多く、王都では教育や保安に携《たずさ》わっています。お気付きかもしれませんが、陛下、私も湖畔族の血を受け継いでおります」
 スミレ色の瞳が、そうなのか。
 おれは馬上で溜息をついた。
「心臓が二つの馬に、空飛ぶ生きた骨格見本、緑や紫の天然の髪。日本にいたら出会えなかったもんばっかだよ。まさかもうこれ以上はでてこないだろうな。ウサ耳の女の子とか、セクシー黒豹《くろひょう》ギャルとか、目が三つある鳥人とか」
 想像してうろたえるおれに笑いを堪《こら》えながら、コンラッドは教育係にめくばせをした。
「この国には信じられない数の種族がいます。長く生きてる俺やギュンターばかりか、学者連中でも確認できてないような者達も。例えば、ヒト型に限定して数えれば個体数は約五千万だけど、骨飛族や骨地族、水棲族や石鳥族となると正確な数さえ解らない。その上、森林や山岳地帯にひっそり暮らしてる魂たちのことを考えれば、空にも、大地にも、川にも、木々にも、あらゆる場所に魔族は存在することになる。陛下、あなたに従う意志は、この国のあらゆるところに散らばっているんですよ」
 あきらかにその一員である金の瞳の少女が、アオの横を小走りについてきながら花を渡そうとしている。薄紅色の八重の花弁が、わずかに開きかけた可憐な花束だ。受け取ったギュンターが一回り確認してから、おれに渋々差し出した。
「観賞用の平凡な花です。毒もなければ刺《とげ》もありません。あの娘としては私より陛下にお渡ししたかったのでしょうから」
「そんなことないのにー。おれよりあんたのがずーっとモテそうなのにぃー」
 女の子から花をもらうなんて生まれて初めてのことだから、気分としてはまんざらでもない。
 行軍は何事もなく進み、やがて今度こそ本当の城壁にたどりついた。
 重い音をたてて門が開かれる。
「……うっわ」
 その時たしかにおれの頭の中では、あのテーマ曲が流れ、緒形直人のナレーションが聞こえた。世界遺産、ああ世界遺産、世界遺産。城のすばらしさを詠《よ》んだ一句だ。
 白い石畳の直線道路が遠くまで続き、両脇には滔々《とうとう》と流れる水路が。二手に岐《わか》れた水の行方は、街の東と西に向かっている。正面を見上げると、ヨーロッパ城物語でよく目にするような、とはいってもドイツ古城タイプではなくイギリス大規模カントリーハウスタイプの、左右対称の建築物がどーんとあった。ワイド画面かというくらい、横にも縦にも幅を取っていた。背後は緑豊かな山が守り、水路は山腹のトンネルから始まっていた。
「……あのねえ、おれもう何をどう言ったらいいのか判んなくなってきたよ」
「なにも仰《おっしゃ》らずとも、ここが魔王の王城『血盟城』ですよ」
 血盟? 日本史的には「一人一殺!」という恐ろしいコピーを持った団体がいたのだが、なんにしろあまり穏やかな名前ではない。こんなに美しく立派な城には、聞かないほうがいい由来が……聞きたかないってのに教育係は説明してしまう。
「眞王がこの地を王都にお選びになった時に、地の霊を傷つけないことを約束されたのだそうです。地の霊は感謝と友好のしるしとして、この城を魔王以外のものが占拠した場合、その血をもって罪を贖《あがな》わせることを誓った。血の盟約、つまり血盟城は、魔王陛下にしか従わない。難攻不落、いえ完全無欠の王城だというわけです」
「はあ、じゃあお城とその王様がそれぞれ血判を押したわけじゃないんだな」
 コンラッドはとても楽しそうに、中央の通路を顎で示した。両サイドには遙か先まで、直立不動の兵士が並んでいる。きっとおれが通ると、スタジアムの逆ウェーブみたいに頭を下げていくのだろう。こんな状況に立たされたのは、近道しようと開店と同時にデパートを突っ切った時の、いらっしゃいませ攻撃以来だ。
 どこからかラベルとエルガーがユニット組んだみたいな曲も聞こえてくる。多分、国歌なのだろう。
「この歓迎ぶりだと、フォンシュピッツヴェーグ卿の説得は失敗したようだな」
 その舌を噛みそうな名前の人は誰だ。それよりもどうしてこの国の皆さんはフォンとか卿とかが同時につくのだろう。ひょっとして、フォンというのは日本人でいう「山」みたいなもので、山田さんと山本さんと山川さんという具合で、多い苗字の代表格なのか。それとも……。訊きたそうなおれを察して、コンラッドは説明してくれた。いよいよ庭園に踏み込むと、案の定、いらっしゃいませ地獄。
「この国は魔王の直轄地と、魔王に従う十貴族の領地に分かれてるんです。フォンってのは、十貴族の姓につくわけです。治めてる土地の名前にフォンをつけたものが、それぞれの姓になってるんですよ。ギュンターの場合、クライスト地方を治めてる十貴族の出だからフォンクライスト卿。卿がつくのは、有事の際には戦場に赴《おもむ》く者だから。基本的に貴族は軍人階級ですからね。男も女も同じです。戦う覚悟のあるものは成人すればそう呼ばれることになる」
 あれ、最初に会ったマッチョの名前にもフォンがついていたような気が。
「フォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェルは、前魔王の兄君で、摂政《せっしょう》として権力をほしいままにしていた男です。前魔王が……今となっては上王陛下というわけですが、彼女が辞意を表明して、我々は即座に陛下をお喚《よ》びするべく動いた。けれど奴は、どうにかして辞意発言を撤回させようとしたんです。上王陛下を説得して、自分の地位を守ろうとしたんですね。ところが、どうやらそれに失敗したらしい」
 あれ、コンラッドの名前には……。
「今度は新王の入城を盛大に祝って、陛下に取り入ろうって算段だよ」
 この、いいひとを地でいくウェラー卿の、憎しみに似た表情は初めてだ。だがそれはすぐに消えた。おれが花束を、右手に持ち替えるわずかな間に。
 自分で感情をコントロールしたのか、ギュンターがすぐに言葉をつないだせいなのかは判らない。
「もうあの男の自由にはさせません。こればかりはグウェンダルもヴォルフラムも、間違いなく同じ気持ちでしょう」
「そう願いたいもんだね」
 なにかあったんだ。どんな鈍い奴でも気付くだろうが、おれもそう思って身を乗り出した。花を持つ右手が、猫をかぶってたアオの耳に近づく。
「あのさ、そのスピッツだかスピルバーグだかいう人は……」
 アカデミー賞を何回とったの? というオチまで言うことはできなかった。いきなりキレた黒い悪魔が、ケツに仕込んだV8エンジンを全開にしたからだ。
 なにがどう気に入らなくて、彼女が暴走したのかは、乗り手のおれにもさっぱり判らなかった。確かなのは、振り落とされたら無事では済まないということだけ。直線コースを突っ走る馬体に必死でしがみつき、悲鳴ともイェイともつかない叫びをあげながら、おれは一人だけ異様に早く、城の正面にゴールインしようとしていた。
 敬礼しようと並んでいた兵達も、目の前を過ぎる黒い疾風がまさか新王陛下だとは思わないだろうなぁッ。後ろからアドバイスが聞こえる。
「陛下ーっ、手綱《たづな》っ、手綱をーっ」
「コンラートっ! やはりあの馬は、まだ調教が、足りませんよっ」
 腹を蹴って後を追いつつ、ギュンターが言葉を詰まらせた。
「泣くこたないだろ、この程度で。教育はしっかり、できてるんだけど、さすがに俺も、花アブが耳に、入るとこまで、想定した訓練は、してなかったなっ。へーいかーっ、手綱引いてー、腿《もも》で挟んでーっ!」
 おれはおれで、暴走トラック店舗に突っ込む、とか、客も店員も頭かばって右往左往とかいう見出しばかり考えていた。アオは何箇所かの段差を軽々と飛び越え、城の正面玄関に迫りつつある。これまでずっと縦一列だった兵達が、突然横一列になっていて邪魔な場所を、アオはするりと走り抜けた。茫然《ぼうぜん》とする男たち、中央に金髪のナイスミドル。
 また段差を飛び越えた。空中にいる短い間に、最悪の事態を想像する。
 おれは馬から落ちて、コンラッドとギュンターに、あとのことは頼むって言い残してがくっと首が傾く。あとのことって何!? がくって何故!?
 扉の閉まった正面入り口まであとわずかという所で、アオはいきなり棒立ちになった。落とされる! と焦ったおれは、手綱ばかりでなく彼女の漆黒の鬣《たてがみ》を掴み、目をつぶって衝撃を予測した。だが、五秒待っても痛みはこない。
「……止まってる……」
 と、気を抜いた瞬間に落ちた。残念ながら今回、下は硬くて冷たくて値段も高いという大理石だ。受け身は大切だと、身をもって知ってしまった。
 仰向けになったまま、おれはぼんやりと思った。
 アオが数回、足踏みをして、顔をすぐそばまで持ってきた。自分のしでかした恐ろしいことなど覚えてもいないような澄んだ瞳で「なにやってんの、おやびん」と訊いてくる。唇はよだれの泡でいっぱいだ。
 肩の横に、誰かの足がある。視線を少しずらすと、高い位置に顔があった。とんでもなく背の高い人なのだろう。だがその男は、声をかけてもくれなければ、手を貸してくれもしなかった。ここまであからさまに無関心な奴は、この世界に来てから初めてだ。おれは本当に魔王で、この城の主人で、これはホントにおれ自身の夢なのだろうか。
 だったらもっと、楽しませてくれてもいいんじゃないの?
「陛下ーっ」
 コンラッドとギュンターの声が聞こえる。石に叩きつけられる蹄《ひづめ》の音も。男は二人の言葉から何かを悟ったようだ。ずっと上の方から、あきれたみたいな独り言が降ってくる。
「……陛下……これが?」
 コレとは何だ、コレとは、と抗議するよりも早く、頭の中にゴッドファーザー愛のテーマが流れていた。あんたのテーマソングはもう決定だ。誰の手も借りずに立ち上がったおれの前には、予想どおり、何度生まれ変わっても身長ではかなわないという相手が居た。
 身長ばかりではない、顔もかなわない、顔も。
 中途半端に長い髪は、黒といっても差し支えないような濃灰色《のうかいしょく》で、一部分だけを後ろで縛っていた。すがめられた瞳は深く青く、楽しいことなど何一つないようだ。眉と目の間が狭《せば》まっているから不機嫌そうに見えるのか、不機嫌だからそうなのか、おれの短い人生経験じゃ判らない。けれど彼の不機嫌さに、女の子はきゅーきゅーいうはずだ。
 魔王だとかいわれながら、内面も外見も地位に追っつかない高校生はグレはじめた。どうせおれは、容姿も頭脳もボチボチです。筋骨隆々でもなけりゃ、声が重低音なわけでもない。おまけに野球をやらせたら、三年間ベンチウォーマーという情けなさだ。
 男は興味をひかれたのか、首を傾けてこっちを眺めた。ますます悩ましさが際立った。
「陛下、お怪我は!?」
 先に着いたコンラッドが、ひらりと馬をおりて歩み寄ってきた。それを追い越そうとして、さっき邪魔だったナイスミドルの一団が駆けてくる。ギュンターも葦毛《あしげ》を飛び降りて何事か叫んでいた。人々の中心にいるのが自分だなんて、おれにはとても信じられなかった。
「それが新魔王だというのか!?」
 癇《かん》に触るようなアルト声が響きわたるまでは。
 四人目の超美形は、体格的にはおれでも充分勝負できそうだった。足の長さは人種的特徴だから仕方ないとして、背とか肩幅とか体重とかは。いつからこんなにガタイのことばっか気にする奴になっちゃったかなあ、おれ。それは多分、「あんたって、的が小さいから、どーも投げ込みにくいんだよなー」って二番手ピッチャーに言われたあの日から。
 肉体勝負ではどうにかイーヴンに持ち込んだのだが、視線を上に持っていった途端に、もう負けが確定した。どうよ、この美しさ! とばかりに、彼の頭部はオーラを発していた。まばゆいばかりの金髪のせいで、そう見えちゃったんだろうけど。ウィーン少年合唱団OBみたいな声と容貌だ。透けるような白い肌、湖底を想わせるエメラルドグリーンの虹彩《こうさい》、しかも顎も割れていない。天使だ、まさに怒《いか》れる天使。しかしこの場所にいるということは、やはり彼も、美しき魔族、なのだろう。
「グウェンダル……いえ兄上、あんなやつの連れてきた素性も知れない人間を、王として迎え入れるおつもりですか!?」
 あんなやつ、のところで、少女漫画的超美少年はコンラッドの方を鋭く睨む。グウェンダルという名前はさっき聞いたが、いっしょに並んでいたのは確かヴォルフガングかヴォルフラムだった。ということはゴッドファーザー愛のテーマの男がグウェンダル、ウィーン少年合唱団OBのほうが、ヴォルフラムだろうか。

「ぼくはあんな薄汚い人間もどきを信用する気になれません! 見たところ知性も威厳も感じられない、その辺の街道にでも転がっていそうな男を……」
「ヴォルフラム!」
 兄だというグウェンダルではなく、ギュンターが彼の言葉を制した。
「なんという畏《おそ》れ多いことを! 陛下が広いお心をお持ちでなかったら、今頃あなたは命を落としているところですよっ」
 心が広いってのは、おれのこと? 他人《ひと》ごとのように考えてしまう。
「口を慎《つつし》みなさい、陛下を畏れぬ物言いは、たとえ王太子のあなたといえども許せません! コンラートのことを悪《あ》し様《ざま》に言うのもおよしなさい、仮にもあなたの、兄上なのですよ」
 あれ。
 聞いているだけのおれには、人物相関図がゴチャゴチャになってきた。ゴッドファーザーとウィーン少年合唱団OBは兄弟、コンラッドはヴォルフラムの兄、ということは。
 グウェンダル、コンラート、ヴォルフラム。
 魔族三兄弟。
「……うっそ!? に、似てねェーっ」
「そりゃ、もうしわけない」
 コンラッドが、横に歩いてきながら、にこやかに言った。こんなことにはもう慣れてる、という表情だ。
「それぞれ父親が違うんだよ。ま、似てようが似てまいが、血の繋がりを無効にすることはできない。グウェンダルは俺の兄で、ヴォルフラムは弟です。おそらく二人はそんなこと、口にしたくもないだろうけど」
 あんたは? と、おれは心の中で訊いた。
 コンラッド、あんたは彼等をどう思ってんの?
 だがその疑問を口にするよりも早く、全員のアテンションは再び自分にプリーズされていた。陛下の御前、というギュンターの一言で。
「新王陛下っ」
 ナイスミドルが足元に駆け寄る。もう美形を見慣れてしまって、この男の外見がどうであろうがかまわなくなってしまった。んー、えーとーお、五十代にしては麗《うるわ》しい、くすんだ金髪と青い目のオヤジ。ただし瞳の奥の隠し扉に、卑劣な作戦を仕込む場所あり。
「私は、前王であり上王となるフォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエの兄で、この国の繁栄のため摂政《せっしょう》として働かせていただきましたフォンシュピッツヴェーグ・シュトッフェルでございます。陛下のご無事なご到着を、心より歓迎いたします!」
「あのさあ、フォンシュピッツヴェーグ卿」
 わざとくだけた口調で話しかける。
「あんたはおれと、あんたの兄弟と、どっちに魔王でいてほしいの?」
「は!?」
 ばーか。即答できないってこと自体、我が身がかわいいって証明なんだよ。
「はっ、もちろん、新王陛下にございます! 王室の時機を見計らった交代は、総ての民の利ともなりましょう。新王陛下は全ての救い主、この国の将来をお造りになる、偉大なる魂の持ち主だとも聞き及んでおります」
「人違いだと思うな。おれはそんな、偉大な魂の人じゃねーもん」
「ご謙遜《けんそん》を! その漆黒の御髪《おぐし》、闇夜の瞳! 陛下こそ魔族の頂点に立たれるお方です」
 この国の基準は、髪と目が黒けりゃ、あなたがたのようなハンサムガーイ! にも勝ててしまうのですか。つまりおれは平均的日本人だってだけで、この国のシード権を獲得してるってわけですか。
 なんかそんなの、嘘っぽくてやだな。
 シード権もらうなら、やっぱ実績を残してからでないと。
「証拠はどこにある!?」
 敵意むき出しという口調で、まさに今、考えていたことを言われてしまった。ブロンドの外見天使・ヴォルフラムだ。
「そいつが本物だという証拠は? それを確かめるまでは、こんなガキが魔王だと認める気はないからな」
「ガキ!? あ、いやそりゃ外人さんの歳は見た目じゃ判んねーって、おれも知ってるつもりだけど。けど、けどだよ? どう見てもきみは、おれと同じ歳くらいに見えるぞ。アメリカの高校生なみに大人びてるとしたら、もしかしたらおれより年下なんじゃないの」
「いくつだ?」
 ふんぞり返った腕組みをしたまま、三男が居丈高《いたけだか》に訊いてくる。どうやらこの人には、敬語禁止なんて命じる必要はなさそうだ。
「……十五……あと二ヶ月で十六……」
「ふん」
「ふんって何だ、ふんって。じゃあお前は何歳だよ!? そーんな美少年ヅラしてて、もう老人だとかいうんじゃないだろうな」
「八十二だ」
「……はい?」
 八十二歳? それにしてはお肌のハリが、頭髪の量が、若々しさが。
「ってそんなわけねーじゃん!」
 あんたたち、おれのお祖父《じい》ちゃんよりも、人生経験豊富なの!?


 二日ぶりの風呂は、貸切どころか個人専用だった。
 クリーム色を基調にした石造りの浴室は、魔王陛下のプライベートバスで、浴槽は水泳の公式記録がはかれそうなくらい広く、角が五本の牛の口から湯がゴボゴボと流れ出ている。第一コースのはじっこに、ちんまりと身体を沈めながら、おれはこれまでとこの先の我が身を想った。
 どーするどーなる渋谷有利!?
 洋式便器に流される、テーマパーク風の異世界に放り出される、住民に石投げられる、魔族だって言われる、魔王だって言われる、人間どもを殺せって言われる、死ぬほど馬に乗らされる、みんなにお辞儀される、恐い名前の城につれてこられる、これが? って言われる、お前なんか魔王と認めないと言われる、皆さんの実年齢は見た目カケル五だと告白される、恐い名前の城に入らされる。
 部屋数は二百五十二、三階建て一部五階建て、天井サーブが不可能なほど高く、ゴジラでさえ手を焼く頑丈なつくり。
 息切れするくらい長い階段、城内で働く人の数は百九十余、厩《うまや》の向こうには質素だが巨大な兵舎、常勤の兵士は四千五百。別の方角にある客舎は現在グウェンダルとヴォルフラムの隊が使用していて、彼等は兵を自分の領地から連れてきている。
 とりあえず案内された部屋はバスケのコートくらいの広さで、暖炉に火が入り床には織物と毛皮が敷かれていた。白の塗装ですっかり隠された石壁には、小学生の頃に母親に連れられて、上野で見たものに似た絵画。残る三面には国旗らしきものとタペストリーが。意外にも部屋の隅には観葉植物。
「テレビ無いし、ゲームないし、MDないしィ」
 それ以前に電気もガスも、電話もないし。
「……ベッド……超デケーし……」
 ベッドは、でかかった。
 天蓋《てんがい》こそついていなかったが、中学生になった五つ子ちゃんがみんな一緒に休んでも大丈夫というくらいデカかった。
 辛うじて急所が隠れるくらいの腰布だけを着けた麗しき三助さんが、ゴージャスで金ぴかな桶《おけ》でお背中をお流しくださるという申し出は、きっぱりと断った。劣等感に苛《さいな》まれるから。
 手近にあったボトルから、薄桃色の液体を手に取る。いいにおいだ。多分これがシャンプーだろう。ガシュガシュ擦《こす》って手桶でガンガン湯をかける。コンディショナーはなし! 男らしい、というより体育会系。
 身体もしっかり洗ったし、二日ぶりの風呂も堪能したから、もういちど湯船であったまってそろそろ出ようかな、と思った時だった。
「あら」
 おれが入ってきたのとは逆の入り口から、バスタオルを巻いただけの女性が姿を現わした。女子、ではない、女性だ。まさか此処《ここ》、混浴!? 待てよ、ギュンターは確かプライベートバスだって言ってた。ということは彼女は、おれに対するサービス? そんないかがわしいサービスがあるもんかい。いや今まで庶民だったから知らなかっただけで、王様とか大臣とか代議士先生にはアリなのかもしれない。けどちょっとちょっとーッ! この広いプールのよりによって第二コースに、並んで身体を伸ばさなくてもぉぉーッ!
 腰まである金色の巻毛が、困っちゃうくらいセクシーな女性は、おれからほんの一メートルのところに胸までつかった。湯気、もしくは緊張と興奮で目が霞み、はっきりとは見えないけど、とんでもなくフェロモン系。タオルの下はボンキュッボーンだし、上気した目元と頬と唇はピンクに染まって美しい。
 しかも「女性」だ。同年代の「女子」ではなく。
「あーら」
「あああああの、ここここ混浴だとは聞いてなくてっ」
「いーえぇ、いいのよぉ。ここは魔王陛下だけのお風呂ですものぉ。あたくしはちょっと、いつもの癖で入ってきちゃっただけ。お気になさらないで、新王へ、い、か」
「うっ、あ、ちょっとだめ、近寄んないでくださいようっ」
「ね、あなたが新王へいかなんでしょ? 奇遇だわぁ、こんなところで会えるなんてっ」
 いまや、顔と心臓と下半身のどこに最も血液が集中しているのか、冷静には判断できなくなっていた。やばいやばいやばい! おれまっとーな思春期迎えてるだけに、なおさら十倍、二十倍やばいって!
「あっあのねえ、お嬢さん、じゃないな、おねーさんっ、カラダ流さずにいきなり湯槽に入るのはルール違反よッ!? その上そーやってバスタオル! お湯ん中にタオル入れるのも公衆浴場ではマナー知らずよッ!?」
 声がほとんど裏返っている。みのもんたみたいには言えてない。
「あら、ごめんなさい。殿方とお風呂に入るのなんて、すっごく久しぶりだったから」
 彼女は動けなくなっているおれを眺めて言った。
「くす……かーわいぃ」
 その瞬間、おれは、泣き声とも悲鳴ともつかない叫びを残して走りだしていた。
 カワイイってのは何のことをおっしゃったのですかセクシーさんっ、どうしてあなたは王様風呂に入ってきたのですかフェロモンさんっ、それでもって結局のところ、あなたは誰だったんですかセクシークィーンさんっ!
 腰にタオルを巻いただけという格好で突っ走り、教えられた自分の部屋と思われる所へ飛び込んだおれは、またまたそこに若くてかわいい女の子が居たことで、文字にはならないような声を上げた。
「どうなさいました陛下っ」
「どうかしたのか陛下ッ」
 自称・ユーリ派の二人が駆け付けたときには、光沢ある黒の布を抱えた少女が部屋の隅で震えており、巨大なベッドにうずくまった新王陛下は、虚《うつ》ろな視線をさまよわせながら、何事か低く呟いていた。ケツ丸出しで。
「陛下、陛下ッ」
「……女の子は好きだ、女の子は好きなんだけど、見られていいかっていうと、見られんのはやだってことで、それはおれとしてもそんなビッグでマグナムな人じゃないってことで」
 侍女を部屋から帰すと、コンラッドはベッドにやってきた。その頃にはおれもやっと落ち着きを取り戻していて、座りなおして腰にシーツをかけるくらいの分別があった。
「やれやれ、お尻はしまってくれたんだな」
「この国にはプライバシーはないのかよ!?」
「陛下、王に従者や侍女がいるのは当然のことだよ。いちいちそれに驚かれていたら……」
「風呂や部屋にまで入ってくるのはあんまりだろ!? そんじゃこの国ではエロ本どこに隠せばいいわけ!? 風呂場で全裸の美女にナンパされかけたら、どこに逃げ込んでハアハアすりゃいいんだよ!?」
「湯殿《ゆどの》で全裸の美女に? ああ……」
 コンラッドは、なんてことだといわんばかりに天を仰いだ。
「……やってくれるよ」
「おれはまた、なんかのサービスなのかと思ってさ、もうちょっとでお願いしちゃうとこだったんだからなっ……まあとりあえず、おれ、そんなに大物じゃないから、逃げ出してきたんだけどさ」
「よかった、陛下の理性に感謝します」
「うっ、ううっ、べいがっ、こちらをおべじにっ」
 黒い布を持つ教育係が、鼻をぐずぐずいわせていた。すっかり涙目になっている。
「どうしたの急に、花粉症?」
「も、もうじわげございまぜんっ、習慣もお立場もまったく異なる初めての地にいらして、ご苦労なさっているお姿を見ているうちに……あまりに健気で同時にいとおしく……ああっ申し訳ありませんっ! とんでもないことを口にしてしまいましたっ、わたくしとしたことが、とっ取り乱しましてっ」
「どうしたギュンター、お前らしくないな」
「花粉症だったら鼻ウガイがいいよ、鼻ウガイ。おれの兄貴もかなり楽になったって」
 服を取ろうとした拍子に、おれの指がギュンターの腕に触れた。彼はすごいスピードで壁まで後ずさる。熱でもあるように顔が赤い。一番上にあった艶《つや》のある布を持ち上げると、どうやらそれは下着の一種らしかった。
「パンツまで、黒、しかもツヤツヤ、しかも」
 紐パン。両脇できゅっと縛るやつ。振り返るとコンラッドは、別に当たり前という顔。
「なんで男なのにヒモパン!?」
「え? 一応それが一般的な下着なんで」
「うそ、じゃああの人もあの人もあの人もヒモパン!? あーんな顔しててもあいつもヒモパン!? まさか、あんたも」
「あ、いや、俺はもっと庶民的なのを」
「ぶひゃっ」
 二人同時に振り向くと、壁ぎわでギュンターが鼻を押さえていた。やっぱり杉花粉にやられたか、くしゃみが来たら確実だ。目もどっかとろんとしているが、何というか、こう、いきなりイタリア男になったような口調で話しだした。もともと超絶美形だから、女の子だったらコロリと引っ掛かっちゃうだろう。
「身持ちの堅い御婦人のようなことを仰って、私を困らせないでください、陛下。脱がせやすい下着を避けるということは、扉を叩く私自身を拒まれたも同然……って……はっ!? 私は今なんてことをッ」

 深紅の薔薇でも差し出しそうな雰囲気だったのが、ひとりボケ突っ込みで我に返る。
「もっ、ぼうじわげございばぜんッ! わたくし、ふっ、ふっ、不埒な想像をッ」
「生理食塩水で鼻ウガイだって、生理食え……不埒、って、なに?」
「頭を冷やしてまいりますっ」
 駆け出してゆく背中に、冷やすんじゃなくてウガイだってェーと叫んだが、聞いちゃいないようだった。だがとりあえずの問題は、指先でつまんだこのパンツだ。ブレイク真っ最中にはほんのお子様だったので、こっ恥ずかしいとしか思えない。
「しかし、ま、日本人だって、伝統的には『ふんどし』なわけだし」
「そうですよ陛下、もしかしたら意外とはきごこち良くて、新しい自分に出会えるかもしれないしね」
 出会いたくない。
「それにしてもギュンターは一体どうしたんだろうな。はい、下着の次はこれを。あれ」
 学ランによく似た衣服を次々と渡しながら、コンラッドが顔を近付ける。
「……陛下、なんかいいにおいしますね」
「あ、多分それシャンプーだわ。風呂場にあったピンクのやつ」
 誰が置いたのかは、知らないけど。


 眞王《しんおう》の晩餐《ばんさん》というのは、便利な裏技を紹介する番組のことでも、元プロ野球の超一流投手がゲストにワインの蘊蓄《うんちく》をたれる番組のことでもない。
「魔王陛下と近しい血族の方々だけで囲む、高貴で特別な晩餐のことです」
 なぜか鼻の穴に綿をつめこんだギュンターは、妙にテンション高く胸を張りながら先導している。髪はきっちりと後ろでまとめ、僧衣に似た服は、オフホワイトで丈が長く、前面に金糸の見事な刺繍がある。
「失礼、遅れまして」
 大急ぎで着替えに戻っていたコンラッドが、小走りで追いついた。その格好ときたら、本年度のコスプレキングはこの人に決定! というものだった。
 アメリカ女性の憧れ、純白の海軍士官服。愛と青春の旅立ち、原題はアンオフィサーアンドアジェントルマン、主演リチャード・ギア。誰もが聞いたことのあるあのテーマ曲をBGMに、全米人気ナンバーワンはさわやかに言った。帽子はなしで。
「一応これが正装なんでね」
 窓の向こうには山肌が広がり、その頂点には灯りが見えた。周囲の空気はすでに暗く、その灯は星より強く瞬《またた》いている。
「ご覧ください、あれが魔族の聖地、眞王廟《しんおうびょう》の灯りです。我等の全ての始まりである、偉大なる眞王の眠る場所です」
 魔族、なのに聖地? という疑問はおいといて、おれは山頂の揺らめく炎に目をやる。日本でいう寺のようなものだろうか。現代日本人・渋谷有利の眼で見ると、眞王とはこの連中にとって、神のような存在らしい。墓があるということは、おそらくこの世を去っているのだろう。
 だが、その眞王のお告げだか言葉だかのせいで、自分はここまで連れてこられた。
「……王かどうかも判らないってのにさ」
「陛下、こちらもご覧になってください。この廊下は展示室も兼ねておりまして、歴代魔王陛下の御勇姿が全て飾られているのですよ。先代と先々代は肖像画が未完成なのですが」
 延々と続く廊下には、両手を広げても横幅に足りないという大きさの絵画が、二十枚は掛かっていた。どれも写実的で精密で、眼に痛いくらい細かく描かれている。
「上野にバーンズコレクション来たときみたいだな」
「新しい順に手前から並んでおります。こちらが第二十四代魔王フォンラドフォード・ベルトラン陛下です。国民には獅子王と呼ばれ敬われました」
「獅子王かぁ。どこの世界も似たようなあだ名を考えるもんだね」
「こちらは第二十三代のフォンカーベルニコフ・ヤノット陛下、厳格王と呼ばれました。そして第二十二代のロベルスキー・アーセニオ陛下、武豪《ぶごう》王として名高かったお方です。第二十一代フォンギレンホール・デュウェイン陛下は好戦王、その前のヘンストリッジ・デイビソン陛下は殺戮《さつりく》王、フォンロシュフォール・バシリオ陛下は残虐王……」
「なんかだんだんヤバイ呼び方になってこねぇ? もっと気楽な、石油王とか新聞王とかブランド王とかの人はいねーの?」
「さあ……石油も新聞もブランドもないからなぁ」
「第十五代魔王グリーセラ・トランティニアン・ヤッフト陛下、首刈り王。第十四代フォンウィンコット・ブリッタニー陛下、流血王……」
 魔族の国民性がみえてきたぞ。
 椅子に座って犬の頭に手をやっている人もいれば、地面に突き立てた剣に寄り掛かる人もいた。棹《さお》立ちになった馬上で、討ち取った敵の生首をかかげる、これこそ魔王という絵もある。三人ほど女性もいたし、中には少年としかいえないような年格好の王もいた。
 だが、髪や瞳の色に相違はあるにしても、いずれの人物も美しさではひけをとらず、遡《さかのぼ》って古くなるにつれて、ますます人間離れしてゆくようだった。まあ、基本的に人間ではないということだけど。服装も現在の魔族よりずっとファンタジー色が濃く、マントや甲冑も描かれている。
「昔はRPGみたいなカッコしてたんだな。やっぱ剣と魔法の世界はああでなくちゃ。あんたたちの軍服姿って今風すぎるもん。あ、この人」
「第七代魔王フォンヴォルテール・フォルジア陛下ですね」
「さっきのゴッドファーザー愛のテーマにそっくりじゃん!」
「ゴッド……グウェンダルのことか。彼の先祖にあたる人だから」
「へ!? だったらあいつが次期魔王になるんじゃないの? 先祖が王様なら、子孫の誰かが王様を継ぐでしょ」
 ギュンターは教師面になり、軽く小首を傾げて言う。
「陛下、魔王の地位は、世襲で続くものではないのです」
「けど選挙ってわけでもないんだろ? どーも難しいな、どーも納得いかない」
「そりゃあそうだよ、違う世界で十五年も育ったんだからさ。ま、おいおい解ってくるでしょう、一年もいれば魔王らしくなりますって」
「一年!? おれは一年もここに居んの!?」
 コンラッドに聞き返すおれを見て、教育係は憮然とした。
「陛下はこの国の国王なのですから、今後一生をここで過ごされるに決まっています。一年もとは何というお言葉ですか」
 大変なことになってきた。このままでは間違いなく留年してしまう。しかも高一の五月にダブリ決定だなんて、いくらなんでも早すぎる。この上は課せられた使命をとっとと果たして、最短距離でゴールを目指すしかない。
「そしてこちらにあらせられるのが、我等魔族を統一し、創主たちを打ち倒して眞魔国を確立された、初代国王である眞魔王陛下です。尊き魂に栄光あれ」
「はあ、これまたあのガキにそっくりだね。きっとご先祖様なんだろうけど。で、名前は?」
「御名《みな》は濫《みだ》りに口にしてはならないのです」
「名前も言えないのかよ、ちぇ、ケチくせぇ」
「陛下ッ」
「だっておれ、こいつのおかげでこんなとこまで連れてこられちゃって、しかももっと前に遡って言うとー? 死んでるはずのこいつの一言で、おれの魂は異世界に飛ばされちゃったっていうんだろ? なのに名前も教えないなんて、やっぱ、ケチくせ」
「あとで教えるよ、陛下」
 コンラッドの声は、笑いを堪えていた。
 一際大きく、正面に設《しつら》えられた肖像画には、金髪の青年が抜き身の剣を片手に立っていた。ヴォルフラムに良く似ている。ただし、彼の目は明るく澄んだ湖面のブルーで、後世の魔族とは何かが、どこかが違って見えた。おれの素人感想では「偉そう、大物、生まれながらにして王様って感じ」だ。
「……この人は?」
 この絵だけは、一人ではなかった。少し後ろに下がった場所に、今までの王達とは明らかに異なる人種が描かれている。ごく普通の機能的な服で、剣もなければ鎧もない。薄く微笑んでいるような口元からして、臣下とか従者とかいった関係ではなさそうだ。
「ちょっと東洋的な顔立ちだね」
 彼の説明をするギュンターは、とても誇らしげだった。心からの尊敬と愛情が、彼のことを知らないおれにも伝わってきた。
「双黒《そうこく》の大賢者、この世で唯一、眞王と対等のお立場にあられるお方です。この方がいらっしゃらなければ、我等魔族は創主たちとの戦いに破れ、土地も国もなく彷徨《さまよ》っていたことでしょう。それ以前にこの世界そのものが、消滅していたかもしれませんが」
「要するに、すごい人?」
「その通りです。しかも誰より美しい!」
「はあ!?」
 どうやら連中の美的感覚は、日本人には計り知れないようだった。どちらかといえば穏やかな顔つきの東洋人は、整っているという程度に過ぎない。むしろ彼の外見は、美よりも知性に勝っていた。
「このお方と陛下はとても良く似ていらっしゃいます。民も皆、陛下の高貴さに絶対性を見いだして、喜び讃《たた》えることでしょう!」
 フォンクライスト卿、鼻から綿を弾きださんばかりだ。あっ待てよ、おまえ鼻血、鼻血でてるじゃん!
「似てねーよ!? どこが!? どこが似てるって!?」
「ほらほら陛下、髪とか目の色が。すごい人に似ちゃったもんだね陛下、カリスマカリスマ」
「黒目黒毛は日本人の優性遺伝なんだって!」
 それ以外はどこをとっても、自分にも家族にも似てないって。
 恨むよ、眞王。胸の中でおれは毒突《どくづ》いた。
 死んでるはずのあんたのおかげで、おれはどんどん巻き込まれてるんだよ。この上、留年なんてことになったら、霊廟《れいびょう》だかなんだかを荒らしにいくからなッ。
 罰当たりなことを考えたものだ。すべて自分に跳ね返ってくるとも知らずに。
 ギュンターは自分に酔ったみたいにうっとりと、ロマンチックなことを並べていた。
「眞王は闇、賢者は光。彼等は互いに憧れ、焦がれて、それぞれの色を身体に宿して生まれてきたのです。つまり、闇は光を、光は闇を!」
「放っておこう、長くなるから」
 聞き慣れているらしかった。

我的网上小窝“夢のパラダイス”
http://blog.hjenglish.com/cyqm/
一个关于动漫游戏、日语翻译、生活点滴的blog,欢迎大家常来坐坐~~~
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只看该作者 7楼 发表于: 2005-08-03
强烈支持楼主!!!!!!

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只看该作者 8楼 发表于: 2005-08-04
一如既往地支持@@

关于乱码,好象是有些类似于空格或者特殊符号之类的符号,转贴之后会自己变成乱码,无伤大雅就好^^"
级别: 骑士
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只看该作者 9楼 发表于: 2005-08-04
今日からマ王到底先有的小说还是先有的游戏?(游戏bl倾向十分严重,建议男同胞还是不要玩了)

------------------------------------------------
父さんが残した 热い思い
母さんがくれた あのまなざし
----《天空の城ラピュタ》主题曲《君をのせて》
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只看该作者 10楼 发表于: 2005-08-04
多谢分享,虽然我多半是看不懂

……
誰よりも遠くに行っても
ここからまだ笑ってくれる
……
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只看该作者 11楼 发表于: 2005-08-04
引用
最初由 guwei39 发布
今日からマ王到底先有的小说还是先有的游戏?(游戏bl倾向十分严重,建议男同胞还是不要玩了)


有游戏吗?在什么机子上啊?

好久没玩游戏了。。。
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只看该作者 12楼 发表于: 2005-08-04
引用
最初由 那塔枷罗 发布
关于乱码,好象是有些类似于空格或者特殊符号之类的符号,转贴之后会自己变成乱码,无伤大雅就好^^"

我对照了一下原文,也有正常文字变成乱码的。。。晕~~@_@

原来魔王还有游戏的呀~~
我想应该是先有小说后有游戏的吧。。
有机会真想玩玩呢~~不知有没有的下载?~~



 これは本当にお食事会なのか?
 乳白色の石の円卓に歩み寄りながら、おれは緊張で手足が強ばるのを感じていた。
「晩餐会っていうより、軍事会談に見えるんだけど」
 部屋にいたのは長男と三男で、彼等は二人とも当たり前のように制服姿だった。コンラッドがそうなのだから、その兄弟だって正装といえば軍服だ。だがそれぞれの制服は、デザインは同じだが色が違う。グウェンダルはくすみのないビリジアンで、ヴォルフラムは青の強い紺だった。部署ごとに色が異なることは多い。陸海空の区別もつけやすい。
 盆を持った給仕らしき男が、おれに深々と頭を下げる。だが長男も三男も、シャンパンらしきグラスを手にしたまま、挨拶のアの字もしてこない。きまずい雰囲気に耐えられなかったのは、やっぱりおれのほうだった。
「こ、こんばんは」
 ヴォルフラムが鼻で笑った。顔のいい人からの軽蔑は、攻撃力も三割増しだ。コンラッドがにこにこしながら間に入って、グウェンダルの背中に左手を置く。
「陛下、彼は俺の兄のフォンヴォルテール卿グウェンダル、それでこっちが」
 輝く金髪に指を突っ込むと、触るな、と振り払われる。
「……弟のフォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。二人とも、ついこの間までは殿下と呼ばれる立場だったけど、今は閣下。もちろん陛下より数段格下だから、気軽に呼び捨てでかまいませんよ」
「ぼくに触るなッ」
 グウェンダルは黙ったままだったが、若いのはヒステリックにきゃんきゃん騒いだ。
「人間の指で触れるなと言っているだろう!? ぼくはお前を兄と思ったことなど、一度としてないからなッ」
「はいはい、わかったから飲み物をかけないでくれ。お前たちのと違って生地が白いから、染みになっちゃって大変なんだ」
 いかにも慣れているという様子で、次男は自分の兄弟から離れた。美少年、カラマワリだ。
「父親が違うってのは説明しましたよね。俺だけウェラー卿コンラートで、十貴族の一員じゃないのにもお気付きでしょう。俺の父親は素性も知れない旅人で、剣以外には何の取り柄もない人間だったんです」
 ヴォルフラムは不愉快そうな顔をしていた。グウェンダルは無関心だった。
「じゃあ、ハーフ? あ、ハーフとかダブルとか言わないのか。母親が魔族で、父親が……」
「人間です。薄茶の髪と目で、無一文の」
「そしてとってもいい男だったの」
 全員の視線が一斉に入り口に向かう。セクシークィーンが犯罪すれすれの扇情的な格好で微笑んでいた。へそまで届くかという切れ込み、脚線美丸見えのスリット、艶消し素材の黒のタイトなドレス。アクセサリーはひとつもなし、あたし自身が宝石よといわんばかりに。
 全裸の時以上に、フェロモン発散中だ。
「母上!」
「母上!?」
 三人のうち誰が叫んだにしろ、結局は三人の母親だ。百歳近い人たちの母親が、三十そこそこでいいのだろうか。
「三十……かける五……百五十……百五十歳前後かぁ」
 つまり自分はさっき、百五十歳前後のご婦人にときめいてしまったわけだ。年上好みにも程がある。
 母親はとりあえず、手近な息子に抱きついた。金の巻毛が優雅に広がる。
「久しぶりね、コンラート。ちょっと見ない間に父親に似て、ますます男前になったわね」
「母上こそ、いつにもまして麗《うるわ》しい」
「やぁん、そんなこと、他の娘《コ》みんなにも言ってるんでしょぉー」
 これが母と息子の会話かい。

 彼女は次々と息子を抱き締めたが、辛うじて親子に見えるのは三男のヴォルフラムのときだけで、長子であるグウェンダルにいたっては、年下だけど落ち着いた彼氏と年上でも甘え上手の彼女みたいだった。次男にこっそり訊いちゃったほどだ。
「再婚した夫の連れ子とか、そういう?」
「いいえ、俺たち三人とも、確かにあの女性から生まれてます」
「グウェン、あなたまた眉間にシワよってるわよ。そんなんじゃ女の子に敬遠されるじゃない。ああ、ヴォルフ! ヴォルフったら、もっと顔をよく見せてちょうだい。あぁら、相変わらずあたくしにそっくり。殿方が放っておかなくてよ」
「……母上、今朝お会いしたばかりです。それに男に好かれても嬉しくありません」
「そうなの? 男の子ってそういうものなの? これだから年頃の男の子の気持ちはよく判んないっていうのよねぇ。ああ、どうしてあたくしには女の子ができなかったのかしら。男の子なんてがさつなばかりで、すぐに母親を疎《うと》んじるんだからっ」
「そんなっ、ぼくは疎んじてなんていませんよ母上!」
「そーぉ? ほんとに?」
「本当ですとも!」
 バカ親子だ。
 だがクィーンの矛先《ほこさき》は、すぐにおれに向けられる。
「陛下ぁ」
「ひゃあ」
 あの魅惑的な肉体が、弱冠十五歳の平均的高校生に押しつけられる。顔の高さが同じ位置で、キスできそうなくらい近かった。ローズ系の唇が笑みを形づくる。
「湯殿でお会いしましたわね、あなたが新王陛下でしょう?」
「そ、そうですね」
「こんなに緊張して固くなっちゃって、ほんとに可愛らしい方。あなたみたいな方が新王だったらいいなって、あたくしずっと思ってたのよ」
「そうですね」固くなってるのは、あなたのボンキュッボンのファーストボンがおれの胸に当たっているからです。
「ね、ユーリ陛下。ユーリ陛下っておっしゃるんでしょ」
「そうですね」アルタの客みたいな受け答えしてる場合じゃないぞ。
「恋人は、いらして?」
「そこまでです!」
「やぁーん」
 妙にいろっぽい声を出しつつ、おふくろさんはおれから引き離された。ギュンターが照れとも怒りともつかない顔色で割って入る。
「新魔王陛下と恋に落ちるのはおやめください、上王陛下!」
「いやーねぇ、ギュンター。ひがみっぽい未亡人みたいに聞こえてよ」
「恨まれようとも罵られようともかまいません。とにかく私は、前魔王陛下が新魔王陛下を愛人に……いえ失礼、恋人にするというような不適切な関係を避けたいのです」
「前魔王? 誰が? この……彼女が?」
 セクシークィーンではなくて、本物の女王だったのか。黒いドレスの麗しき魔族(もしくは魔女)は、微笑んで白い手を差し出した。
「眞魔国へようこそ、ユーリ陛下。あなたの先代にあたる、フォンシュピッツヴェーグ・ツェツィーリエよ。あたくしが王位を退くと言ったから、陛下をお呼びすることになったの」
「じゃあおれはあなたのおかげで、うー、いや、えー、フォンシュピッツヴェーグ卿ツェ……えーとツェツィーリア? 違う? リ、エ?」
「ツェリって呼んで。ツェ、リ。お兄さまは考え直すようにっておっしゃるけど、恋愛も自由にできない生活なんてもううんざり!」
 ツェリ様、貴女のそんな理由のせいでおれは、まだ未成年なのに、魔王になれとかいわれてるんですね。目の前の細い指を握りながらおれは嘆いた。ああ、この白魚のような美しい指の持ち主が、あと百年くらい権力に執着してくれれば、おれは日本で平凡な人生を送り、不幸にも女房には先立たれたがその半年後の春の日に、ひとり息子や嫁やかわいい孫たちに見守られて、あの世に旅立つことができたのに。待てよ、あの世がここだったらどうしよう。そうすると今現在、おれは死んでいるということに……。
「どうなさったの、陛下?」
 明るい家族計画が、走馬灯のごとく浮かんでは消え、浮かんでは消え。


 こういう話がある。
 ある国で晩餐会に招かれた客人が、王や貴族の前でガチガチに緊張してしまい、本来なら指を洗うはずのボールの水を、間違えて一気に飲んでしまった。周りにいた貴族たちは「マナー知らずめ」と冷笑し、器で優雅に指を洗った。ところがただひとり王女様だけは、涼しい顔でフィンガーボールの水を飲み干したという。お客に恥をかかせないようにと。
 ボールといってもアメリカンフットボールの試合ではなくて、おもてなしとはこうあるべきだ! という心あたたまる逸話のことだ。
 もしこの水をぜんぶ飲んじゃったら、誰か優しい王女様になってくれるかな。
 銀器に注がれた水を見つめながら、おれは密かに溜息をついた。
 やめとこ。コンラッドくらいはつきあってくれそうな気もするが、長男と三男は絶望的だ。マダム・ツェリはどっちだか判らないけれど、何も無知を装ってまで、試すことでもないだろうし。
 おれは両手の指先を揃えて、慎重に小さめの器に浸した。と……。
「ええっ!?」
 他の連中はボールを両手で持って、中身を一気に飲み干している! しまった、道徳の教科書なんか真面目に読むんじゃなかった。コンラッドは飲まずに給仕に下げさせている。
「薄汚さを心得ているらしいな、酒で自らを清めるとは」
 隣に座ったヴォルフラムが悪意の直球勝負できた。ということはあれは酒だったのだ。だったらいいや、どうせアルコールは飲まねーもん。法律遵守のためではなく、希望の身長と心肺機能維持のために、おれは禁酒禁煙だった。
 ギュンターが円卓から離れたところで、給仕に何事か指示を出す。彼は魔王の近しい血族ではないので、眞王の晩餐の席にはつけない。したがってテーブルを囲むのは五人。席順は若いほうから時計まわり。
 新王おれさまユーリ陛下、ヴォルフラム元王太子殿下、コンラート元王太子殿下、グウェンダル元王太子殿下、先代魔王ツェツィーリエ現上王陛下。
 そういうわけでもっとも嫌われているヴォルフラムと、食事をしようにも気もそぞろ、なフェロモン女王に囲まれているのだ。ついこの間まで王子様だったのに、いきなり格下げになったのだから、ヴォルフラムがおれを憎む気持ちもよくわかる。無難に世襲制にしておけば、こんな厄介なことにはならなかったのに。
 江戸切子風のグラスに飲み物(多分また酒)が注がれ、給仕が軽くかがんで、機内食みたいに尋ねてくる。
「陛下、魚と肉……鳥類と哺乳類《ほにゅうるい》と爬虫類《はちゅうるい》と両棲類《りょうせいるい》の、どちらを」
 どちらを、って!? 確か昔ヤクルトに、ワニを食う選手がいた気もするけど、驚いてはいけない、これこそ国による食文化の違いだ。日本だってマムシは国民的人気食だ。マムシったって鰻《うなぎ》のことだけど。
「そっ、それじゃあ育ち盛りなんで、哺乳類を。いや待って、ちょっと待って。今夜の哺乳類はどんないいもんが入ってんの? いきのいい猿とか生まれたての子犬とか、そういうもんじゃありませんよねっ!?」
 イメージ映像、中国の食材市場。
「牛です」よかった。
「胃袋が八つ、角が五本の最高級品でございます」
「つのが五……もしや遺伝子操作とか、そういう……うう、じゃあ、その牛を」
 ハチノス、ミノ、ギノア、ヤン……だめだ、それ以上の胃袋はどうやっても思い出せない。コンソメの色とにおいをしたスープと、前菜らしき皿が運ばれてきた。おれはナイフと、フォークの代わりになるものを手に取った。くもりひとつなく磨かれた銀の、
「……懐かしいなー先割れスプーン。まあ合理的っちゃあ合理的だけど」
 小学校の給食じゃ、これ一本で二役だ。スープもオードブルもおまかせだ。
「それで、陛下、陛下はどんな国でお育ちになったの? あたくしたちの世界とは、どういうふうに違うのかしら」
 ツェツィーリエ前魔王・現上王陛下が、おれの右手をきゅっと握ってきた。元体育会系モテない男子高校生は、途端に体温が二度ばかり上がる。
「どっ、どうっていってモ、特に変わったとこもないつまんない世界デスが。ああでも、この国とはずいぶん違ってるデスよ。魔法を使える人もいないし、もっと科学が進歩してるし……」
「科学! 聞いたことあるわ。魔力や法力を持たない者でも遠くの敵を倒せる技術でしょう? 人間達の国ではそういう研究をしているらしいの。恐ろしいことよね、弓よりもっと遠くまで攻撃できる戦力なんて。そうなったとき人間達は、戦力協定を守るかしら」
 三男が冷たい目で母親に言った。
「奴等にそんな倫理観があるとは思えませんね」
「怖いこと言わないでちょうだい、ヴォルフラム。そんなことになったら、あたくしたちどうすればいいの」
「簡単なことです。魔術の制御をやめればいい。戦力の平等だの公正だのと、譲ってやるから人間どもがつけあがるんです」
「待って待って待って、科学ってそんなことのためにあるんじゃないですようっ! つまり、あの、えーと、面倒な掃除や洗濯を機械がやってくれるようにしたり、畑を耕すのも機械が一気にやってくれたり。要するに人間が楽に生活できるようにですね」
 ツェリ様が可愛らしく驚いてみせる。
「掃除や洗濯を面倒だと思ったことはないわ。だって掃除夫や洗濯女の仕事でしょう」
 女王様の暮らしがどんなだか、これまで考えてもみなかったよ。
「だっ、だから、その掃除係とか洗濯係の代わりに、機械がですねえ」
「そんなことしたら使用人たちの仕事がなくなってしまわない?」
「そうなったら、その人たちは工場で掃除機や洗濯機を作る仕事をするわけで……」
 人間が楽に生活できているのかどうか、よくわからなくなってきた。
「ね、それじゃ陛下、恋愛はどう? 異種間の恋愛とかどうなのかしらぁ。やっぱり障害や反対があると、恋はますます燃え上がるものなの?」
 異種間というのが、イマイチつかみきれない。彼女は魔族と人間のことを仄《ほの》めかしているのだろうが、日本人的にはどう変換すればいいのだろうか。国際結婚? それはもうフリーどころか憧れだし、かといって人間あんどチンパンジーというのも、滅多に恋には落ちないし。
「とにかく、とても遠い世界からいらしたのよね。王位を継いでくださって嬉しいわ。これでやっとお城から離れられる。あたくしずっと昔から、自由恋愛旅行に出るのが夢だったの」
 素敵でしょ、と指を握られて、おれはカクカクと首を動かす。
「す、素敵です」
 素敵なものが食卓に運ばれてきた。メインディッシュの肉類だ。自分の前には好意的にみればレアだといえないこともないような赤い肉。前女王の前には両棲類の丸……いや、姿焼き。その顔で、カエル喰《く》うのねセクシークィーン。一句詠んでみた。
「いきなり王になれなんて言われて、できるかどうかって不安もおありでしょうね。あたくしの時もそうだったの。ある日とつぜん使者がきて、あなたさまの魂が次代魔王陛下であらせられることが眞王言賜《しんおうげんし》により明らかとなりましたなぁんて。でもね陛下、そんなに深刻に考えてはだめ。難しいことはすべて周りの者がやってくれるし、あたくしの兄も息子達も、誠心誠意お仕えすると思うわ」
「母上!」
 鳥類にナイフを入れていたヴォルフラムが、咎めるような声で言う。
「ぼくはこいつに仕えるつもりなどありません! この男が新王に値する者かどうかもはっきりしないのに、ぼくには納得できませんねッ」
「あら、じゃああなたが王位を継いでくれるの、ヴォルフ?」
 彼は次にポテトらしき白い物体を掬《すく》い、それを皿に置いたままで首を振る。
「とんでもない。ぼくなどより兄上のほうが、はるかにその地位に相応《ふさわ》しい。兄上ならば愚かで卑劣な人間どもに目にもの見せてくれるでしょう」
 続いてワインかそれに似たアルコール類のグラスを手にとる。
 コンラッドはその隣で、聞いていないみたいな顔で魚類を口に運んでいる。末っ子にとっての兄上とは、口数の少ない長兄だけらしい。
「そうですよね、グウェンダル」
 再び鶏肉にナイフを。食べる順番が決まっているようだ。前女王が、可愛らしく首を傾げる。
「でもヴォルフラム、眞王のお言葉に背いてたてた王が、どういう結果を招いたか、あなたも知らないわけじゃないでしょ」
 どうやら神様的存在のお言葉どおりに行動しないと、恐ろしいことが起こるらしい。では、おれが魔王になるのを断った場合、恐ろしいことに見舞われるのはこの国や国民の皆さんなのか、それとも新参者のおれ自身なのか。
「当然、陛下もですよ」
「ぅえぇッ!?」
 見透かしたようにコンラッドが答えてしまった。
「なんだよそれー! おれは王様になりたいなんて思ったことも願ったことも頼んだこともないのに。それじゃほとんど脅迫じゃん」
「……やはりな」
 順番からして次は絶対にポテトにスプーンがいくだろうと、ヴォルフラムを横目でちらちら窺っていたおれは、グウェンダルの呟きに思わずそちらを向かされた。彼の短い一言に、侮りの響きがあったからだ。
「最初から、王になる気などないのだろう」
 グウェンダルは、ワイン用にしては頑丈すぎるグラスを手にしたままで、こちらの席を見もせずに続けた。彼の瞳の凍るような青には、小心者の日本人など映っていないのだ。
「双黒だろうが闇持つ者だろうが、そんなことはどうでもいい。こいつは魔王になりはしないからな。最初からそんな覚悟はないのさ。そうなんだろう、異界の客人?」
「えっ……って、確かに……」
 思わず肯定しかけた返事は、コンラッドの言葉に遮られる。
「この国にいらしてまだ二日だ。陛下ご自身も戸惑われている。無礼な憶測の物言いは、些《いささ》か傲慢に過ぎるんじゃないか、フォンヴォルテール卿」
「だがこれは逃れようもない現実だ。誰よりお前が知っていることだろう? 王としての責任を果たす気もない国頭《くにがしら》が、どんなに民の犠牲を生むか。陛下、もしも私の言葉どおりに、王として生きる覚悟をお持ちでないなら、今すぐ元の世界にお戻りください」
 もっとも魔王に相応しい容貌の男は、初めておれに冷たい笑みを向ける。
「魔族の代表として願うよ。民の期待が高まらぬうちに、我々の前から消えてくれ」
「おれだって……」
 還《かえ》れるもんなら帰りたいよ、と言いかけたのだが、自分の中のよくわからない何かが喉につかえて声を止めた。意地とかプライドとか強がりとか、そういう厄介な何からしい。
 気を取り直して赤い牛肉に立ち向かう。卓上ではまだ、新魔王バッシングが続いていた。
 攻撃側のグウェン、ヴォルフに対し、ツェリ様は中立で、コンラッドが孤軍奮闘している様子だ。
「そいつが本当に魔王の魂を持つのかどうかは判らないし、特に確かめたいとも思わない。どのみちすぐに帰る客だ。代理を探すほうが賢明だろう」
「彼は本物だよ、グウェン、本物だ」
「何故そう言い切れる?」
 視界にはレアステーキだけだったが、コンラッドが小さく笑うのは見えた。見えた、気がした。彼の背中と後頭部しか知らないときにも、やっぱり笑顔が見えたみたいに。
「俺がユーリを間違えるはずがない」
 余裕すら感じられる彼の一言に、ヒステリックにヴォルフラムがくってかかる。
「何の証拠があるっていうんだ!? 言葉が通じるとかそういう適当なことじゃ誤魔化されないからなっ! 髪だって染めているのかもしれないし、目だって……色つきの硝子《ガラス》片を被《かぶ》せるとか、姑息な方法がいくらでもあるだろう」
「お前を納得させられるような証拠は、あいにく俺には示せないな」
「だったらそんなこと断言するな! だいたい、もし万が一こいつが魔王の魂の持ち主だったとしてもだ、所詮、人間どものあいだに生まれた卑しい身分の小倅《こせがれ》じゃないか。そんな奴に我が国を任せるわけにはいかない。偉大なる魔族の歴史に傷がつくッ」
「ヴォルフラム、生まれに身分も卑しいもないよ。それは生きてゆく過程で、自分自身の行動によって決まるものだ。けれどお前がそんなにこだわるなら教えておく。陛下の御魂《みたま》はあちらの世界の魔王陛下に預けられ、そのお方が御自身の配下から、然《しか》るべき人物をお選びになった。それが陛下の御尊父だから、この世界のものじゃないとはいえ、魔族の血が流れているのは確かなんだ」
「ぅええっ!? まさか、親父が悪魔!?」
 悪魔、じゃなくて魔族。日本が記録的大不況に陥ってからというもの、銀行員は鬼とも悪魔とも呼ばれた。だがしかし、父親が本当に魔族だったなんて! 息子として今後、どのように接すればいいというのか。
「どんな顔して会えってんだよー、実の親父が魔族だなんて」
「いいんじゃないの、父君にしてみれば、実の息子が魔王なんだから」
 次男は涼しい顔。それもそうだ。そのほうが大変だ。
「けどなんでコンラッド、おれの親父のことまで知って……」
「たとえ父親が魔族だったとしてもだ! 母親はどうせ人間だろうが!」
 どうあっても攻撃の手を緩める気はないらしい。ヴォルフラムはぐいっと杯《さかずき》を呷《あお》り、麗しいからこそいっそう険しい眼差しをこちらに向ける。
「お前の身体には、半分しか魔族の血が流れていないわけだ。どうりでコンラートと話が合うはずだ、どちらも“もどき”だからな! 残りの半分は汚らわしい人間の血と肉、どこの馬の骨ともわからない、尻軽な女の血が流れてるんだろう? そんな奴にこの……」
 しまった、と思ったときにはもう遅かった。後悔はいつも先に立たない。十年間続けた野球をやめることになったのも、このカッとくる短気な性分のせいだ。小市民的な正義感が、どうしても抑えきれない一瞬がある。捕手としては致命的な欠点だ。人生的にも非常に不利だ。
 おれは目の前の美しい顔に、片道ビンタをくらわせていた。
 いいビンタだった。音も良かったし角度も良かった。当たりがよすぎてシングルヒットにはなったが、敵に与えたダメージは計り知れない。その証拠に、相手は茫然とこちらを見つめている。反撃態勢もとれていない。周囲は水をうったように静まり返り、打たれたヴォルフラムの左頬が赤く染まっている。左頬だけではない。右も、それに額も、白目も……。
 コンラッドが椅子を倒しながら立ち上がる。今度こそ顔色が変わっている。
「陛下っ、取り消して、今すぐ取り消してくださ……」
「やだね!」
 ツェリ様が、ゆっくりとナイフを皿に置く。ギュンターがつんのめりながら走ってくる。
「取り消すつもりも謝るつもりもおれにはねーかんなッ! こいつは言っちゃいけないことを言った、やっちゃいけないことをやったんだ! バカにしようが悪口言おうが、おれのことなら構わねぇよ! だけど他人の母親のことをっ、見たことも会ったこともないくせに尻軽とは何だ!? どこの馬の骨とはどういうこった!? 馬の骨と人とで子供が生まれるか!? おれのおふくろは人間だよ、どっからどう見ても人間だよ。お前に言わせりゃ汚らわしい血の流れてる人間だよ! お前ナニサマのつもりだ? 人間が汚らわしいってどーいうこと? お前のおふくろがそういうふうに言われたら、息子としてはどう思う!? ああ、謝んねーかんなっ」
 テンパっちゃうといつもこう、ベイスターズなみのマシンガン抗議。ギュンターを制して、おれは続けた。
「絶対に取り消さない! それでも顔が綺麗だから、グーじゃなくてパーで我慢したんだぜ」
「絶対に、取り消すつもりはないっておっしゃるのね?」
 おれが頷くのを確かめてから、ツェリ様は胸の前でぱんと手を叩いた。
「すてき、求婚成立ねっ」
 きゅうこん?

 埋めておくとチューリップとか咲くアレですか。
「ほぉらね、ヴォルフラム、あたくしの言ったとおりでしょ? こんなに美しくなっちゃったら、殿方が放っておかなくてよ、って」
 両手の指をくっつけたまま、小躍りしそうな喜びようだ。
 とのがた、というのは……おれか!?
「陛下はとっても可愛らしいから、ちょっと妬ける気もするけど。でもしかたないわ、愛する息子のためですものね」
「ちょっと待って、落ち着いて、いや、誰かおれを落ち着かせて。何が起こってるか教えてくれる? またおれどういうマナー違反やっちゃったのか、誰か解りやすく教えてくれるっ!?」
 おれ贔屓《びいき》の教育係は、がっくりと俯《うつむ》いた。あちゃー……という感じだ。
「……作法違反はなさってません。それどころか最近じゃ貴族間でも使われていないような、古式ゆかしく伝統に則《のっと》った方法で、陛下は彼に求婚されたんですよ」
「求婚、というのは、まさか」
「結婚を申し込んだんです」
 結婚!? 十八歳になっていないと、異性との婚姻は許されないぞ日本男児。婚約という形なら問題ないが、それ以前にヴォルフラムは、おれと異性関係にはないだろう。
「けけけ、結婚!? 男と男が!? しかもおれから求婚して!? いったいいつ、おれが求婚を」
「相手の左頬を平手で打つのは、貴族間では求婚の行為です。そして打たれた者が右頬も差し出せば、願いを受け入れるという返事になる」
「うわぁッ、そんなバカなっ! けっ、けどッ、男同士、おっとこどーしだしぃッ!」
「珍しいことではありません」
 なんてこった、母親を侮辱した男にこっちから求婚!? 咲いたのはチューリップでもヒヤシンスでもなくて、ビッグカップルの恋の花。もしかするとビッグどころか、ロイヤルカップル誕生なのか!?
 ギュンターがスンスン泣いている。嬉し涙かどうかは考えたくもない。
「へ、陛下っ、このわたくしに何のお言葉もなく、突然の御求婚とはあんまりで……いいえ、喜ぶべきことなのでしょうね。これで陛下も国王として、この国に落ち着いてくださることでしょう……」
「誰か男同士で変だとか言ってくれよーっ!」
「こんな屈辱的なことが許せるものかッ!」
 ようやく自分を取り戻したらしいヴォルフラムが叫ぶ。右頬を差し出す様子はない。
「しょーがないだろーッ!? 殴るときはグーパンにしろなんてこと、誰も説明してくんなかったんだからさっ」
「黙れっ! こんな辱《はずかし》めを受けたのは生まれて初めてだっ」
「へえー、そうなの。そりゃずいぶんと恵まれた人生送ってきたもんだねっ。おれなんかポジションとられた後輩に靴下洗っといてって言われたときとか、チーム一の鈍足にスチール決められたときのがよっぽど屈辱的だったね! 八十年も生きてきて、他人の過ちのひとつも許せないなん……」
 結婚を申し込まれて興奮したのか、ヴォルフラムは卓上を腕で払った。皿やグラスが床に落ち、銀のナイフがおれの足元で跳ねる。
「うわっ、とぉ、あっぶねーなぁ。ごはんに当たるなよ、ごはんにィ」
「陛下、拾っては……」
 おれはしゃがんで、鶏肉の脂《あぶら》で少し曇ったナイフを拾った。
「拾ったな?」
 ありゃ?
 座ったまま周囲を見回すと、コンラッドとギュンターが途方に暮れたような表情でうな垂れていて、落とした本人の美少年は、怒りにひきつりつつ薄笑いを浮かべていた。
「拾ったな。よし、時刻は明日の正午だ。武器と方法はお前に選ばせてやる。なにしろ戦場に出たこともなければ、馬にさえ満足に乗れない腰抜けだからな。せめて得意な武具を使って、死ぬ気でぼくに挑むがいい」
「な、なにを?」
「覚悟しておけ、ずたずたにしてやる」
 そこまで言って冷酷に笑うと、彼は母と長兄に食事の途中で席を立つ非礼を詫びてから出ていってしまった。およそ役に立っていない教育係が、ためいき混じりに肩を落とす。
「求婚なさったと思えば、すぐさま決闘をお受けになる。陛下、陛下のお気持ちの変わりようには、私、ついてゆけません」
「決闘? を、申し込まれたの? おれが!?」
「故意にナイフを落とすのは、決闘を申し込むという無言の行為で、それを向けられた相手が拾うのは、受けて立つという返事になるのです」
「決闘!? ねえ、じゃあおれもし負けたら、や、多分負けるけど、し、死んじゃうのか!? うっかりたまたま親切にナイフを拾ったくらいで、あいつに撃たれて死んじゃうの!?」
 おれの貧相な想像力では、砂埃の舞う西部の荒野で十歩進んだら振り向いて撃ち合う、マカロニウェスタンの早撃ちガンマンしか浮かんでこなかった。
 大丈夫ですよ、いまどき決闘で命を落とす者は滅多におりませんからとか、ヴォルフラムが思いつきもしないような奇をてらった武器で相手を驚かすってのはどうだろうとか、いっそのこと可愛らしい着ぐるみであいつの戦意を喪失させるって手は? とか言い合って、新王陛下を慰める「おれ派」の二人を眺めながら、すっかり言葉少なになっていたグウェンダルとツェリ様は、互いのグラスを空にしてから話し始めた。
「以前から感情を制御できない奴ではあったが……まさかここまで直情的だとは」
「そうよねぇ、いくらなんでもいきなり決闘を申し込むとは思わなかったわ」
 あの求婚行為がうっかりであることは、冷静になればすぐに気付く。おれはいわゆる異世界育ちで、右も左もわからない帰国子女だ。魔族の、それも貴族限定のしきたりなんて正しく身についているはずがない。
「でも、あの子のせいだけではないのよね」
「どういうことです?」
 グウェンが横目で聞き返している。
 いやな予感がする。母親がこういう含み笑いを見せるときは、だいたい何か隠してるんだ。
「あのねぇ、うふふ、陛下の髪から、あたくしの美香蘭《びこうらん》のかおりがしたの。洗髪水《せんぱつすい》に混ぜたものを、湯殿に置いたままにしていたのよ。きっと効能もご存じないまま、髪を洗うのに使われたのねっ」
「その、効能というのは」
「薬術師に頼んで作らせた、魔族にしか効かない貴重なものよ。その香りをはなつ者に少しでも好意をもっているなら、いっそう情熱的で大胆になるようにって」
「つまり媚薬《びやく》とか、惚れ薬とかいうやつですか」
「やぁね、そんなぞんざいな言い方」
 好意を持つものはより大胆に。では逆に、もともと悪意を抱いている場合は? 僅《わず》かに眉を寄せてグウェンダルは、給仕に酒を注ぐよう合図する。
「嫌っていれば、より険悪に……ヴォルフラムが逆上するわけだ。母上、そういうことは早めに教えておいてやるべきなのでは」
「あらどぉしてぇ? ヴォルフは怒ってる顔がいちばんかわいいのよー? 自分の息子のかわいらしい様子を見たいと思わない母親がいて?」
「……いいえ」
「そうだわ! あなたもアニシナと二人の時に試してみたらどう?」
「……まだ生命《いのち》が惜しいので……」
 ラジオから流れる英語放送みたいに、おれは茫然《ぼうぜん》と会話を聞いていた。
 悪意を抱くものはより険悪に。好意を持つものは、より大胆に。
 なるほど、それで先程から、ギュンターが目を潤ませているわけだ。

我的网上小窝“夢のパラダイス”
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只看该作者 13楼 发表于: 2005-08-04
非常感谢楼主的分享!\(^-^)/ 我很喜欢这部作品的.有个问题,有哪位大人知道这部动画总共有多少集吗?谢谢!

できれば、誰も傷つけたくないんです
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只看该作者 14楼 发表于: 2005-08-04
支持!!有两个乱码没关系的,把不是乱码的看懂都得花我n年吧?努力!这个要日语几级能大约看懂啊?好想看啊!:)

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