引用
最初由 那塔枷罗 发布
(PS:中间好象有乱码>"<)
刚才查看了一下,确实多出了几处“#123;”这样的乱码。。。@_@||
但是很奇怪啊,原文件是没有的,不知为什么贴到论坛里就出现这么多。。
不知有谁知道原因和解决办法呢?~~~
第一卷共10章~~~以后基本会每晚更新一章的~~~
这是第二章~~
2
「陛下!」と、その人は言った。
濃い灰色の長い髪とスミレ色の瞳、背筋の伸びた九頭身で。
一人では降りられず、馬の背中で尻を押さえたまま、おれは返事に困っていた。陛下と呼ばれて何と答えればいいのか。しかもこんな三十前後の、男盛りの超美形に!
この人の美しさを的確に表現できないのは、おれのボキャブラリーが貧困なせいでも、おれのCPUの回転が特別遅いせいでもない。平均的高校一年生のまわりには、そうそう美形なんていやしないし、ましてや目の前に立つ男は、見慣れた日本人でさえなかったのだ。
ウェラー卿の背中にしがみついたまま半日あまりという、初めてにしては苛酷な乗馬体験ののちに辿り着いたのは、さっきよりいくらか規模の小さい、木造建築の村だった。家の数は十五軒くらいで、村というより隣組だ。少し離れた森の入り口に、武装した兵が次々と別の方向から戻ってきていた。恐ろしいことにパーティーには必ずあの「翔《と》べ、骨格見本!」がついている。まさかとは思うが、あいつはこのテーマパークのマスコットキャラクターなのだろうか。だとしたらすごい悪趣味、いや、斬新な起用。
兵達とは離れて村の中央を突っ切り、大きめ(とはいっても4LDKくらい)の家の前まで来たときに、勢いよくドアが開いて彼が飛び出してきた。
顔を見た瞬間に言葉にするのを諦めた。それくらい美形、もう超美形、スーパー美形、ウルトラ警備、じゃなかった、美形。怜悧《れいり》さを感じさせる端正な面持ちだとか言ってらんない。あったまよさそなすげー美人! 頭悪そな表現だが。
見目麗しい上に声も腰にくるバリトン。さっきのアーダルベルトもかなりのハンサムさんだったが、この人はもう目が合っただけで女の子が失神するような完璧さだった。二十代後半かという年齢からすると、気を失うのは少女だけではないだろう。熟女も老……いや淑女全般。
「コンラート、早く陛下に手をお貸しして……」
「はいはいっと。陛下、こちらに身体を傾けて、ゆっくり降りてください、そうゆっくりと」
ウェラー卿の名前はコンラートというらしい。やっと馬から解放されて、両足が平らな場所に着く。まだ上下に揺れてる感じ。
「ああ陛下、ご無事でなによりです! このフォンクライスト、お会いできるこの日をどんなに待ち望んでいたことか」
芝居がかった調子でそう言いながら、地面に膝をついた。おれはぎょっとして後ずさる。急な動きに臀部《でんぶ》が痛んで舌打ちすると、美しい人が顔色を変えた。
「陛下、どこかお怪我でも!? コンラートっ、あなたがついていながら」
「ケツが痛いんですよね、陛下。乗馬が初めてだったから」
ねっ、て。にっこりされて戸惑った。だが、フォンクライストと名乗った美人さんはそれどころじゃない。
「初めて!? 最近の初等教育では乗馬の訓練もしないのですか? どうして眞王はそのような世界に陛下を……」
「とか言ってる場合じゃないようだよ、ギュンター。フォングランツに先を越されかけた」
「アーダルベルトに! 陛下、奴等になにかされませんでしたか!?」
「……石を投げられて鍬《くわ》や鋤《すき》で詰め寄られたけど……」
「なんということを! あの人間ども……けれど、陛下……何故お言葉が」
なぜ言葉が通じるのかと訊きたいのだろうか。おれは右手をへろへろ振って、にやけかける頬を我慢する。
「やだなあ、皆さんの日本語はとてもお上手ですよ。通じるかどうか心配するなんて、謙遜《けんそん》するにも程がある。もう出てくる人出てくる人、みんなペラペラでびっくりだよ。すげーや、ブラボー、ビバ役者魂。日本にきて何年目? お国はどっち?」
フォンクライスト(姓)ギュンター(名)が、怪訝な顔をした。
「お国……は、ここですよ」
「日本生まれ!?」
その時、ウェラー卿が衝撃的なことを言った。
「陛下、ここは日本じゃないんだ」
「あ、ほーらね、やっぱ日本生まれじゃないんでしょう? だったらここは……って」
はい?
ここは日本じゃない?
今、ここは日本じゃないっておっしゃった?
「じゃあなんで皆で日本語しゃべってるんですか?」
「しゃべってないよ」
この時初めて、おれはウェラー卿を真正面からじっくり見た。十九は二十歳くらいの背格好で、これまでの村人とは違った機能的な服装だ。テレビや映画の影響でか、カーキ色でベルトとブーツが革のそれは、どこかの国の軍服に思えた。
ダークブラウンの短めの髪と、薄茶に銀の虹彩《こうさい》を散らした瞳。眉の横には古い傷跡が残っている。傷はそこだけではなく、両手の甲や指にもあった。その手をおれの肩に置いて、わざと目線を下げてくる。
「ここは日本じゃないんだよ、ユーリ。日本どころか、きみの生まれ育った世界でもない」
こんな衝撃的なことを告げられていながら、おれはぼんやりと別のことを考えていた。ああ、この人はわかる。こいつのことを誰かに伝えろと言われたら、きっとどうにかうまく説明できるだろう。
ウェラー卿コンラートというのは、ウィンブルドンのセンターコートで思わずガッツポーズをとると、観客が総立ちで拍手するような人だ。でもその祝福は彼の顔の造作のせいじゃない。ギュンターやアーダルベルトに比べれば、彼は地味で、ハリウッドの脇役にはこんなタイプが多いだろうという程度だ。けれどこの人の表情は、今まで生きてきた人生の結果だ。神が愛したものでも芸術家がつくりあげたものでもない、自分自身の生きざまだ。
と、いう奴なんだよ、コンラッドって。おれは誰かにそう教えてやれる気がした。
「コンラッド……じゃない、えーと、コンラート」
「え? ああ、英語に耳が慣れてるなら、コンラッドのほうが発音しやすいでしょう。知人の中にはそう呼ぶ者もいます」
「おれ、あんたとどっかで会ってるかな」
少し考えてから、コンラッドは首を横に振った。
「いや」
灰色のロン毛にスミレ色の瞳、年長の美形が割って入る。
「とにかく陛下、こんな場所ではお話もできません。むさ苦しいところですが、どうぞ中へ」
他人の家で勝手なことを言いながら、ギュンターはおれの背中を押した。ふと振り返ると木造の質素な家々のくもった窓に、この村の住人であるらしい人々がはりついて、こちらの様子を窺っていた。
部屋は暖かく、薪《まき》ストーブに火が入っていて、湿った学ランのままだったおれにはありがたい環境だった。さっきまでは日本の五月だったのに、今はどこだ、どこの何月だ!? 西だか東だかも判らないような汚れた窓から、夕陽のオレンジが差し込んでくる。
公園のトイレから濡れて流されてまた濡れて生乾きして、ここが日本の我が家だったら、とっととひと風呂浴びにいくところだ。
湿気《しけ》って気持ち悪い上着を脱いで、火の近くに広げようとする。そんなことでギュンターは感激したようだ。
「陛下、普段から黒を身につけていらっしゃるのですね。素晴らしい、素晴らしくお似合いになる! 平素から黒を纏《まと》われるのは、王かそれにごく近い生まれの者のみです。その高貴なる黒髪と黒い瞳、確かに我々の陛下です!」
「……ていわれても学ラン、制服なんで……それに日本人の大半は、生まれた時から髪も目も黒いんで……」
それぞれの成長過程によっては、肌の色まで変わってしまうのだが。ちょっと前に流行ったいわゆるガングロとか松崎しげるに。おれの場合は中三の中頃まで野球部員で、髪もようやく伸びてきたところだ。夏休みに入ったら思いきろうかななんて考えていた矢先。
「ガクラン? ガクランというのですかこの上衣は。なるほど、最高に腕のいい職人に、陛下のお召物《めしもの》として特別にあつらえさせたものなのですね」
実際は工場で大量生産。日本全国の男子中高生が愛用中。しかも三年間着られるようにと、現在の体格より少々でかい。
「陛下、寒いとお思いかもしれませんが、この国ではこれでも春なんですよ」
コンラッドがそう言って戸口の脇に陣取った。見張りの役割のつもりなのか、剣を立てかけ腕組みをしたまま頭を壁に預ける。ゆっくりと目をつぶった。
仕方なくおれはなるべく火の近くに椅子をずらし、山奥の民芸品店でしか見ないような荒っぽい丸木造りのテーブルについた。一般的には電灯がぶらさがっているはずの天井からは、山小屋にありそうな心許《こころもと》ないランプが。
「……季節まで細かく設定してるなんて……どこまで凝ったアトラクション……」
「アトラクションじゃありません」
目を閉じたままのコンラッドに訂正される。
「だってそんなん急に言われて、信じられるわけないじゃん! おれの中では今のところ、いちー、金かかったテーマパークの凝ったアトラクション、にー、テレビでよくあるサプライズ企画、さーん、夢オチー、のどれかだもん。さあ、どれか選んで。希望としては三番」
コンラッドは答えなかったが、目の前のちょっと困った顔をしたギュンターが、耳慣れない単語を呟いてからおれに向き直る。
「テーパー……さぷらいず……? お待ちください陛下、順を追ってご説明申し上げますから。どうか冷静に、異国の単語で私《わたくし》を試すのはお許しください」
「おっけー、おれは冷静だよ。もうあんたがおれの母親だって言われても、手ェ叩いて笑ってアメリカンジョークを返せるよん」
諦めて両手をあげると、向かいに座ったギュンターは、ぐっと身を乗り出して話しだす。
「では申し上げます。陛下、今から十八年前、陛下の魂はこの国にお生まれになるはずでした。ところが当時の戦後の混乱のためか、それとも陛下のお命を狙う者の気配が国内にあったのか、眞王のご判断はあなたさまの御魂《みたま》を異界へ送るというものでした。そこで我々は未《いま》だお生まれになっていない陛下の気高い御魂を、眞王のご指示通りにあなたさまの地球にお連れいたしました。陛下はそこで現在の御尊父と御母堂の間でお体をつくられ、今日まであちらの世界でお育ちになられたのです。しかしつい先頃、本来なら異界で成人するまでは安全にお過ごしいただくはずだった陛下を、お呼びしなければならない事情が……」
「待ってくれ、あまりに『お』が多すぎてよく判らない。できたらもっとくだけた言葉で!」
「そんなご無理を仰《おっしゃ》らないでください。陛下は陛下であらせられ、我々は臣下なのですから」
「へーかへーかってさあ、おれの名前は有利、渋谷有利原宿不利なの。自分で言うのは久しぶりだけどっ。ここまでの展開はこうだよなッ!? 本当はおれはこの世界に生まれるはずだったけど、何らかの理由で違う世界で生まれ育った。けど今になって用事ができたから、日本からここまで呼び戻した。どっか違う?」
「素晴らしい、その通りです。そのご聡明さに感服いたします」
おれの自棄《やけ》になったまくしたてに、心底うれしそうにギュンターは深く頷いた。
ナルニア、じゃなかった、なるほど、よくある話だ。映画じゃそんなのザラにあるし、アニメや漫画でもよくあるネタだ。文庫本や児童文学書にだって、クオリティーの差はあるにせよ、そりゃあもう数えきれないほど転がっている。目新しさはまったくない。ただし、実際にそれに巻き込まれる人は滅多にいない。それも、公衆便所からというのは、非常に珍しい。
「で、おれは便所穴から異世界につづくトンネルを通って、あの山道に落ちてきたわけね」
「そうなのです。計算では国内の、それも王都の範囲内にお呼びできるはずでした。しかし余分な力が加わったのか、国境を外れた人間どもの村に。申し訳ありません、陛下。万一に備えて国境に配した者達のうち、コンラートが間に合って本当に良かった。この土地はもう我が国の領土です、さしあたっての心配はございません。どうかご安心くださいますよう」
「ご安心っていってもさ、安心してる場合じゃないのはあんたたちだって同じだろ。ホントにあんたの探し人はおれなの? 日本の人口密度からいったら、人違いって可能性もあるぜ? おれなんか外見も脳味噌も平均的だし、変わった形のアザもないしさー」
おれの身体のどこにも、こういう場合によく証拠になる特殊な形の痣《あざ》はなかった。強《し》いて言えば左肘に微《かす》かに残る、ガキの頃のひきつった痕《あと》だけだ。
「だってえーと、ギュンター、さん、左腕の火傷《やけど》っぽいのは、野球やってて人工芝で擦《こす》った痕ですよ。生まれつき持ってる『陛下の証《あかし》』みたいのは、おれの身体のどこにもないし……」
知的だった様子が、ちょっと崩れて甘くなった。よくいえば熱愛報道にこたえる俳優みたいに、悪くいえば猫のことを語る飼い主みたいに。
「いいえそれはもう陛下、一目お姿を拝見した時から、このお方に間違いないと強く思いましたとも! 純粋で気高い黒の髪、澄んで曇りない闇の瞳、こんな美しい色を身に宿してお生まれになり、その上、漆黒のお召物をまとわれるのは、あなたさま以外に考えられませんから」
げ、美しいとか言ってるよ。美しいっつーのはアンタみたいなヒトのことでしょ。
「それに、お言葉が堪能《たんのう》だったことで、一層はっきりいたしました。アーダルベルトがしたことは……私としては口惜《くちお》しくてなりませんが……奴は陛下の魂の溝から、蓄積言語を引き出したのです。どんな魂も例外なく、それまで生きてきた様々な『生』の記憶を蓄積しています。もちろん通常はその扉が開くことはなく、新しい『生』で学んだことだけを知識として活用してゆくわけです。ところがあの男はその扉をこじ開けて、封印された記憶の一部を無理遣《むりや》り引き出してしまったのです。野蛮で卑劣で無節操な、人間どもの使う術で!」
語気の荒い説明に、おれは怖《お》ず怖《お》ずとうかがった。
「……便利なことのように聞こえるけど」
「とんでもない! 巧《たく》みに言語の部分だけを呼び起こせたから良かったものの、不要な記憶まで甦《よみがえ》っていたらと思うと! 自らの魂の遍歴を知りたがる者などおりませんよ」
日本には知りたい人が多いみたいだけどなぁ。戸口の横から、コンラッドが冷静に口を挿《はさ》む。
「けど考えようによっては、我々が今こうして陛下とお話しできるのも、あいつの術のおかげだろ。済んじゃったことで青筋たてるのは時間の無駄だよ、フォンクライスト卿」
「……陛下に高等貴族語をお教えするべく、教本と物差しを用意しておりましたのに……」
心底悲しそうな口調だけど、おれとしてはモノサシの使用法が気になるところだ。アンダーライン目的なら、無問題。
「とにかく、言語蓄積があるということは、陛下の御魂がこの世界のものであったという証拠です。今では自信が確信に変わりました」
「ギュンターさんたら……どっかで聞いたこといっちゃってさ……」
どうやら彼等はおれのことを『陛下』と信じて疑わないらしい。
だが、こういうシナリオはだいたいの場合、勇者とか救世主とか王子とか王女とかとして呼ばれた主人公が、その世界の問題を無事に解決し、めでたしめでたし一件落着ぅーと終わる。ハッピーエンドではない物語は好まれないと、高名なベストセラー作家も言っているほどだ。
「わかったよ、信じろったっておれには多分無理だけど、とにかくこれを終わらせるには、そっちの話に乗るしかないわけだろ? だったらさっさと済ませちゃおうぜ、おれが呼ばれた使命は何? なんてお姫さま助けりゃいいの? どこのドラゴンやっつけりゃいいの?」
「ドラゴンですって? 竜ですか!? 竜を殺すなんてとんでもない、あの種は人間どもの乱獲で絶滅しかかっていて、我々が必死で保護しているのです」
この世界では、ドラゴン、レッドリスト最上位。
木の扉が遠慮がちに数回叩かれて、剣に手をやったコンラッドが用心深く細く開ける。立っていたのは十歳かそこらの子供達で、彼を見上げて満面の笑みになる。
「よう」
「コンラッド! 投げるの教えて、どうしてもうまく狙えないんだ」
「打つのも教えて、そのあとどうなったら終わりなのかも」
親達は兵士を恐れて家から出てこないが、子供にとってはそうでもないらしい。そして彼等にとっては、ウェラー卿でも閣下でもなく、ただの年上のコンラッドさんということか。
「おまえたち、もうすぐ日が暮れて真っ暗になるぞ。すぐに何も見えなくなる」
「まだ平気だよ」
「まだ大丈夫だよ」
彼は困ったようにこちらを向き、頭を下げてから部屋を出ていった。
「……子供に好かれてるとこ見ると、いいヤツみたいだね、あの人は」
「ええ、武人としてはおそらく王国一でしょう。私の自慢の生徒でした」
「教師なんだ、えーと、フォンクライストさんは」
「どうかギュンターとお呼びください。もちろん、私は教師です、そして王陛下を補佐する、王佐としてもお仕えしております」
「教師だってんならズバッと簡潔に教えてもらおうか。ギュンター、おれはこの世界で何をすればいいわけ? どんな厄介な敵を倒せば、埼玉の実家に帰してくれんの」
「人間です」
ストーブの薪《まき》がパチンと爆《は》ぜた。
「……人間……それで、それは、どんな人物で……」
「人物、ではありませんよ陛下。我が国に敵対する全ての人間どもを滅ぼし、奴等の国を焼き尽くす。そのためには指導者として、君主としての陛下の御力《おちから》が必要なのです」
人間を、滅ぼし、焼き尽くす?
人間を滅ぼす!?
おれは椅子を蹴って背後に逃げ、失敗して床に尻餅をついた。慌ててギュンターが駆け寄る。
「大丈夫ですか、陛下っ」
「うわ、待った! あんた人間を殺そうっていうのかギュンターさん!? だったらおれも殺されることになっちゃうよ! だっておれどっから見ても平凡な人間だし、いや待てよ、そんなこと言ったらあんたたちだって、ちょっと顔は人間ばなれしてるけど……やっぱ人間だよな」
「陛下はどこから見ても我々と同じ魔族です。いえそれ以上に、高貴な黒を持たれる敬うべき存在のお方です! 身体に黒を宿してお生まれになるのは、魔族といえども王か、それに近しい、選ばれた御霊《みたま》の方のみです。しかも髪と瞳の両方が黒い、双黒《そうこく》の現人《あらひと》となりますと……」
聞き逃せないフレーズがあった気がする。
「我々と同じ、なんだって?」
「魔族です」
まさか。
「……で、おれはなんの、陛下だって?」
「魔王陛下であらせられます」
魔王。
お父さんお父さんほらそこに「ほにゃら」がいるよこわいよ。
ハクション大「ほにゃら」。
元、横浜《ハマ》の大「ほにゃら」。
あれ、ハマの大「ほにゃら」は、答えが違ってる気がするな。
そもそも何だっけこの「ほにゃら」って。
人間を呪ったり襲ったり殺したりする、おっそろしい悪魔の親分だった気がするな。
で、それはそれとして、おれはなんの陛下ですって?
「しっかり、陛下、しっかりしてください! お気を確かにもって! あなたは我等の希望となる、第二十七代魔王陛下なのですよっ」
ああー、やっぱりぃィー、やっぱおれのことを魔王なんて呼んでるぅー。けど二十七はいい数字だよねー、27はー。
肩を掴まれてがくがくと揺さぶられている。あまりのショックで意識が現実逃避してしまったのだ。だってこの人、おれに悪魔になれとか、人間どもをぶっ殺せとか言うんだ。そんなバカな、そんなことできっこない、どうして敵がスライムとか悪の魔法使いとかデビルドラゴンとか大魔王じゃないんだー、って、魔王はおれか、じゃ、おれは、この世界では敵側か!? どっかに人間の勇者か救世主がいて、最終ダンジョンで倒されるラスボスがおれか!? くっそーだったら二回や三回のリセットで終わらせないように、全力で勇者と戦ってやる! レベル99くらいないとエンディングに行けないように、こっちも死ぬ気で……おい最終的には死ぬ気どころか、確実に死ぬじゃん、ラスボスのおれ。ピンチ時によくあるマシンガンシンキング! 敵の魔法攻撃でパニック状態!
あああーうそーっ、誰か嘘だと言ってくれー!
「嘘じゃありません陛下っ! ほんとにあなたが魔王なんです。おめでとうございます、今日からあなたは魔王です!」
何がおめでたいものか!
外はもう半ば紫で、残りの半分はオレンジ色だった。
家々の窓から漏れる灯りも、頼りなくゆれるランプの火だけ。そんな中で子供たちがはしゃぐ声と、ぼんやりとした笑顔が動き回っている。
「陛下?」
「うっわ、やめてくれ、陛下なんて呼ばないでくれ」
コンラッドは腕組みをしたまま壁に寄り掛かっている。三歩離れた所に四角い板切れがあり、その横に十歳かそこらの子供が立っている。両手で構えている棒からすると、どうやらクリケットと野球の中間みたいなゲームらしい。グリップ部分に布を巻いたバットは妙に太いし、ピッチャーの後ろに野手は二人、その上どこにもキャッチャーがいない。
「おれ、クリケットのルールは知らないんだけど、一人打ったら次は誰が交代すんの?」
「交代もなにも、この村には子供が五人しかいないんですよ」
もう一人は外野にいた。夕暮なので影だけだ。
投手がボール、らしいものを投げると、打者が思い切った空振りをする。壁に当たって転がるボールを、コンラッドが拾って投げ返してやる、という進行具合だ。
「空振り三振でアウト。ハウエル、一塁と代われ」
「野球だったのか」
だが、なんでこの剣と魔法の世界に野球が……。外野にいた子供が走ってくる。五人の中では体格がいい方の、金髪を突っ立てた少年だ。
「待て待て、野球ならどうしてキャッチャー置かないの。あんたが座ってやればいいじゃん」
「大人が入ると不公平だから」
「いや、そーいう問題じゃねーよ、そーいう問題じゃ。じゃあそうだな、外野だったやつ。きみ名前なんてーの?」
「ブランドン」
まさに声変わり真っ最中という、いがらっぽく嗄《しゃが》れた声だった。
「じゃあブランドン、お前キャッチャーやれ。ほらそこしゃがんで、来た球を受ける。ああもしかしてミットがないのか、それどころじゃない、グラブも無いの!?」
「陛下……じゃなかったユーリさま、ここは国境の向こうから流れこんできた難民の村なんです。遊び道具が充実してるわけがない」
子供はおれの手を振り切り、怯えた様子で見上げてきた。
「陛下!? 陛下って、コンラッド、この人だれ!? 母さんたちが言ってた恐い人!?」
「ブランドン! この方は我が国の王になられるんだよ。恐い人どころか、お前たちの村を守ってくださるお優しい方だ」
そんな考えてもいないこと、子供に宣言しないでくれ。
「王様!?」
だが集まってきた五人……男の子四人と女の子一人は、その場に跪《ひざまず》いて顔を覆った。額を地面に押しつける子もいる。大尊敬、という様子じゃない。
「お許しください王様っ、どうか首をはねないで下さい、どうか家を焼かないで」
「ハウエル、お前たちは何も悪いことをしてないんだから、陛下がそんなことなさるわけがないだろう。ほらエマ、顔を上げて」
「けど王様は父さんを……っ」
つらい記憶が甦ったのか、少女が声を上げて泣きだす。何軒かの扉が開いて母親がそれぞれの名を叫ぶと、子供たちは一斉に、家に向かって駆け出した。
おれは足元にあった球を拾った。この軽さであのピッチャーなら、マスクもミットも必要ないだろう。ボールといっても丸く縫った革袋に藁《わら》を詰め込んだ軟《やわ》らかいもので、投げた本人にもどんな変化球になるか予測できないシロモノだった。
「おれがあいつらくらいの頃も、やっぱり暗くなるまで野球やってたなあ。それで夜になったら今度はゲームとテレビで、宿題とかやるヒマ全然ないの」
「どこの国でも、子供なんてそんなもんです」
ホームベース代わりだった板切れを踏んでみる。
「なあ、コンラッド」
「はい」
「おれが王様だってのは本当? しかも、泣く子も黙る、大魔王だってのは」
「本当です。大がつくかどうかは定かじゃないけど、陛下は正真正銘、第二十七代眞魔国君主です」
「それじゃおれも、国民の首をはねたりすんのかな」
「それは違う! ここは難民の村だと言ったはずです。確か六年前の冬に、宗教的な誤解から弾圧を受けて、男たちは全員処刑されたとか。庇護《ひご》を求めて国境の関まで来た女子供に、農地を広げないという条件で、ほとんど課税もしないまま、我々はこの土地を貸してやっているんです。男たちを殺して家を焼いたというのは、彼等が捨ててきた人間の国の、愚かな王のしたことですよ。もっとも……」
コンラッドは唇をかみ、悔しそうに下を向いた。
「……そんな人間ばかりじゃないってことも、覚えておいてほしいです。さ、陛下、中に入りましょう。日が暮れると急激に温度が下がります。またギュンターに説教されちまう」
星が光りはじめた。月はまだ低い。窓からもれる明かりは、ぼやけて頼りない。
光るものは他に何もない。ネオンも自販機もコンビニも街灯も。
なんてとこに来ちゃったんだろ、おれ。
「……なんて罠に、はまっちゃったんだろ、おれは」
「だけど、ここがあなたの世界だ」
民家の扉を開けながら、コンラッドは笑った。他にたいした光源もない宵闇《よいやみ》には、室内のランプの明かりでさえ、まるで横向きのサーチライトだ。
「おかえりなさい、陛下」
あなたの魂が在るべき場所へ。
ああ、食文化の違い!
夕食と称して与えられたのは、犬でもかじらないような靴の革と、常温でも釘が打てそうな乾燥したパン、噛むより舐めるほうが歯にいいだろうというドライフルーツだった。
「これは軍用の携帯食だから、こんなに乾燥しているんです」
と言い張るギュンターと差向いで、おれは一口三十回咀嚼を黙々と実行した。死ぬほど腹が減っていたが、それくらい噛まないと飲み込めない干し肉だったのだ。
子供に好かれる軍人ナンバーワンのコンラッドは、ブランドンかハウエルかエマあるいは名前を聞かなかった二人の家で夕食をご馳走になるらしい。
「おれもそっちに行きたいよー」
「いけません。この村の住民は人間ですよ、人間の作ったものなど召し上がって、お身体に障ったらどうなさいますか」
「おれ人間だから平気だって」
「いいえ! 連中が不届きなことを企《たくら》まないとどうして言い切れます? 陛下のお命を危険にさらすようなことなど、このギュンターにはとてもできません」
そして、ああ、寝具文化の違い!
おれとしてはもちろん自分が、住民から借り上げたというこの家の一番上等な寝室で寝られるものだと信じていた。だって魔王だっていうんだから、疲れ切った身体をふかふかの布団で休ませるくらいの贅沢《ぜいたく》は許されるだろう。ここまで見てきた世界観からすると、布団というよりベッドかもしれないけど。ところがおれの問いに、ギュンターは当然という顔で答えた。
「どうして? ねえちょっと、どうしておれは寝袋で、さっきの寝室に入ってった兵隊さんはふかふかベッドなわけ!? なあおれホントに王様なの? それ以前にこのシュラフ、ちゃんとお日さまに干してある?」
「陛下のお命を狙って寝室に賊が押し入ったらどうなさいますか、先程の兵は身代わりです。ここなら窓からの襲撃はありませんし、入り口はコンラートが固めますからご安心を」
「陛下、明日は一日中馬の背中ですからね。今夜はゆっくり寝て、体力たくわえて下さいよ」
ぐっすり寝ろといわれても、窓さえないような狭くて埃っぽい納戸に閉じこもり、申し訳程度に綿の入った茶色のアウトドア寝袋を広げられては……。床は硬いし野営用シュラフはタフガイ仕様。おまけに外国製ハンサムさんに囲まれて眠るのも初体験だ。ああ、なんという「川の字」睡眠。王様ゲームの王様だって、もっと自由を保証されているだろう。
そして翌朝、ああ、交通文化の違い!
寝不足のおれの前には、元気よさそうな五頭の栗毛が引き出されていた。早朝のきんと澄み切った空気に、彼等の鼻息は勢いよく白い。
「また馬ぁ!?」
濡れて、再び乾いたバリつく学ランを着たままで、おれは巨大な生き物に恐る恐る手をだした。うひひん、と脅されてひっこめる。
「だってあんたたち魔族なんだからさあ、魔法とか自由に使えるんだろー?」
「魔法……魔術のことですね」
「うん、そう、魔法。だったらなにも、都? だか城だかまでさ、猛スピードで馬で走んなくたって、魔法でばひゅーんと飛ばしてくれればいいことだろ」
どこでも扉とか、バンブーコプターとか、そういった便利なもので。
ギュンターはわざとらしい咳払いをして言った。
「陛下、魔術とはそう万能なものではないのです」
「えー? おれの見たテレビではさ、魔女とか魔法使いとかが、ほとんど科学を無視した方法で、杖を振るだけで何でもできてたけど」
「てれびというのが誰の書いた戯曲や舞台なのかは存じませんが、それは不必要に誇張された情報です。魔術が役に立つのはほとんどが戦闘の時ですし、それ以外では、ほら、陛下をお呼びした際のように、非常に重要で特殊な場合のみです」
テレビと現実は違うってことか。おれがひとことごねようとすると、
「まあ簡単にいうと、省エネ」
鼻面をこすりつけられながら、コンラッドが言った。
「もっとも、魔力のかけらさえ持ち合わせてない俺がそう言っても、説得力はないけどね。さあ陛下、俺とギュンターのどっちとタンデムする? 昨日おっしゃってた乗馬経験は……」
「メリーゴーランド少々」
「そう、カルーセル少々でしたね。そんなんじゃ三日かかっても王都に着けないから、やっぱり俺の後ろに乗ってください。こいつらの負担は増えるけど、細かく中継していけば、まあ頑張ってくれるでしょう」
「まだ昨日のケツの痛みさえ治ってないのに……え、カルーセルって何で知ってんの」
「まあ覚悟しといてくださいよ。今日は前も痛むかも」
先行する兵士たちが、彼等に挨拶して次々と発ってゆく。見上げるとその上空には、昨日同様に改造骨格見本が。もちろん、自分たちの頭上にもだ。やはりマスコットキャラクターなのだろうか、だとしたら名前は? コツモ飛び丸? ミスターカルシウム?
「コッヒーはどう? やっほーコッヒー、昨日は運んでくれてサンキューな。同じヤツなのかどうなのか、ちょっと区別がつかないけど」
勝手に名前を決めて、ひっそり手なんか振ってみる。と、顎をカタカタ鳴らして、はばたきを盛んに繰り返した。ものすごくグロテスクだ。思わず教育係に訊いてしまう。
「うわ、怒った! ねえあれ、怒ったの!?」
「いいえ、陛下にお声をかけられて、感極まっているのです。彼等には『個』という概念がありませんから、一人に告げれば全体に伝わったも同然です。骨飛族同士は離れていても簡単な意思伝達が可能なので、見張りや斥候《せっこう》には非常に重宝なのですよ」
難しい言葉が多くてよくわからないが、一人は皆のために、皆は一人のためにということか。
「さ、陛下、我々もそろそろ」
コンラッドが手綱《たづな》を右手に、おれを引き上げようと左手をさしだす。ビビッてるのか顔も見せない村人の中で、一軒だけ扉が細く開き、突っ立った金髪が覗いていた。
「あーあ!」
そっちに向かっておれは叫んだ。
「もったいねーなぁ! もうちょい重くて硬い球で練習すれば、あいつらもっとうまくなるのに! バットももっと滑らかに削って、グリップ細くすれば打ちやすいし、それに……」
あとやっぱ、捕手がいなくちゃね。
「キャッチャーがいなくちゃねー、野球にはー!」
金髪が母親に掴まれて、慌ててドアが閉まるのが見えた。
「俺はときどき、この村に寄るんですが」
勢いをつけておれを引っ張り上げてくれる。
「つらい経験をしたにしては、あの子たちはよく頑張って育ってます」
「ああ」
父親を殺されて家を焼かれるなんて、おれには想像もつかないけど。
ギュンターが不満げな顔をしているが、それを見ないふりで馬の腹をつつく。
地獄の一日の始まりだった。
健気にも時を刻み続けるアナログGショックによると、朝から六時間ぶっ通しで走り、中継点と呼ばれる場所で二度ほど馬を乗り換えた。三度目の中継点は、後にしてきた村よりもずっと大規模な集落で、柵の外側に馬をつないだ一行は、ギュンターの合図で休憩に入った。
「よっぽどお疲れのようですね。さっきから意味の解らないことばかり呟いてますよ、陛下」
コンラッドが絶えず励ましながら走らせるので、馬の名前を覚えてしまった。その、ハシバミ色の乙女ノーカンティーから転がり落ちながら、おれは掠《かす》れ声で訴えた。
「助けてくれ」
「もちろんです。あと半分走り切ったら、どんなことでもしてあげます」
「じゃなくて、いますぐ」
「だったらとりあえず、熱量の補給にかかりましょう。要するに、昼メシ」
地面に下りたはずなのだが、まるで船に乗っているみたいだ。おまけに春の第二月らしいのに、冷蔵庫が恋しいような日差しだった。
「食欲なんかないよ。夜は寒いし、昼は暑いし、のどは埃でカスカスだしまったく、あ」
望んでいたとおりの物が差し出され、思わず手をのばして慌てて止めた。
一日体験教室で素人がつくったような、不格好なグラス。ふちまで注《つ》がれた水の冷たさで、外側には霜と水滴がついている。今まさに欲しいもの、それは。
「……冷たい水……」
「陛下っ!」
ギュンターが早足でこちらに来る。どうせまた人間のくれるものを飲み食いするなと言うのだろう。けど水の盆を捧げ持つ十歳そこそこの女の子は、髪も瞳もスミレ色だ。色以外の全ては人間と同じだが、だが……。
「きみは魔族なんだよね?」
少女がうなずく。
「はい陛下。我等の持てる最後のひとしずくまで、陛下のお役に立てれば幸せです」
だったらいいでしょう。彼女は魔族で、おれは魔族の王様なんだから。ガラスに指が触れる。思ったとおり、痛いほど冷たい。教育係が、何か言っている。
「陛下、お待ちくださ……」
手の中から水がなくなって、横を見上げるとコンラッドが、おれから取り上げたグラスを口元に運んでいた。一口飲んでから、こちらに返してくる。短く「少し残して」とだけ囁く。
ほんのわずかに飲み残したグラスを盆に戻すと、女の子は嬉しそうに、深くお辞儀をして走り去った。喉を通った冷たい感覚は、一気に胸まで広がって、かき氷の直後みたいに眉間が痛み、一瞬だけ足下がふらついた。急に頭がすっきりして、周囲の緑が濃く見えた。
「……おれすっげー渇いてたらしいや。真夏の部活中の脱水症状なみに」
「あの子は陛下に水をお出しできたことを、一生の自慢にしますよ、きっと」
人のいい笑いでそんなことを言っている。だが、こういうシーンは時代劇で知ってる。彼は今、毒見をした。おれのために、毒見をしたのだ。
あきれたような顔で教育係が近寄ってくる。
「陛下、我々が持参した物以外はお口になさらないようにと、再三申し上げましたのに」
「だって此処《ここ》は完全に魔族の村なんだろ? 住んでる人達だってさあ、ほらギュンター、あんたにも似てる、妙に美形の奴が多いし」
「だからといって……」
コンラッドはノーカンティーから鞍《くら》を外し、ヒトと同様に彼女にも水を持ち上げてやった。
「変な味はしなかったし、溶けずに沈んでた場合も考えて、最後の一口は残していただいた。陛下だって物分かりの悪いお方じゃない、最初の一杯に冷たいのが欲しかっただけで、あとは水嚢《すいのう》の水でも携帯食でも、何でも我慢してくださるさ」
「コンラート、あなたは庶民に肩入れしすぎです」
「だから何?」
しれっとした顔で、コンラッドが言う。
「国民に肩入れしなくて、誰にしろっていうんだ? ああもちろん……」
ノーカンティーが彼の髪を咬《か》んだ。楽しげに、愛しげに。
「陛下には肩なんていわずに、手でも胸でも命でもさしあげますが」
「……胸とか命はいらないよ」
「そうおっしゃらずに」
「そんかしあんたの魔術を貸してくれ。おれはもう今こそ非常事態なんで、魔術でばひゅーんと飛ばしてくれ。もう馬はだめだ、もう馬はしんどくて」
「魔術に関してはちょっとなあ。なんせ俺は魔力が皆無だって言ったでしょう? 魔術に関しては我が国でも最高の術者の一人である、ギュンターがお役に立てますよ」
眉を顰《ひそ》める。きゃーギュンターさまー憂《うれ》ってるお姿もちょーカッコイイー。
「私などよりも、陛下御自身の魔力のほうが数倍上です。なにしろ歴代の魔王のお力といったら、神族でさえも恐れをなすほどでしたからね」
「ちょっと待った。おれ人間だから魔力とか霊力とかぜんっぜん持ってないよ」
「へ、い、か、は、ま、ぞ、く、で、す!」
「だって霊が見えたこともマークシートが当たったことも女子の水着が透けたことも、コックリさんの十円玉が動いたことも……」
告白。小四の時、放課後の教室でやったコックリさんは、おれが自分で十円玉を動かしました。いっしょにやってた野沢が恐がって泣いちゃって、おれがやったとはとても言い出せませんでした。何を勘違いしたのか、ギュンターは感心したような笑みを見せる。
「ご想像なさってるのは異国の高度な儀式ですか? 魔術と関係があるかは私の無知のせいで判りかねますが……でも大丈夫ですよ、陛下。魔力は魂の資質です。今はお使いになれなくとも、いずれこの世の何もかもが、あなたの意のままになりますとも」
「そうも思えないなー」
魔力の欠片《かけら》もないらしいコンラッドは、愛馬の鼻面をゆっくり撫でている。
「俺は使えなくても、不便を感じたことはないけどね。ま、そちらは長期的展望でやっていただくとして。とりあえずは一人で馬に乗れるようになってもらわないと困るんですけど」
「一人で、おれが!?」
ノーカンティーが激しく頭を振ると、飲み残しの水とも彼女の鼻水ともつかない水滴が飛び散った。これに、おれが!?
「いえもちろん、突っ走れなんていいません。王都に入ってからだけでいいんです。国民を失望させては可哀相でしょう? 彼等は強く気高く絶対的な王を求めてるんだから、やっぱり馬くらい一人で乗って、堂々と入城していただかないと」
「うはぁ……こいつにィ?」
「いいえー。とっておきの淑女をご用意いたしましたよー。生まれるときも俺が手懸《てが》けて、今日まで丹精こめて育て上げた愛娘《まなむすめ》を。陛下にばっちりお似合いの真っ黒いやつ」
白馬に乗った上様《うえさま》、の夢は、潰《つい》えた。