キミガスベテ
白の檻
たとえそれが姿をとどめることさえ赦されない
淡雪のように儚いものだとしても。
(君が全て)
「神様の涙、なんだって」
陽光にきらめく白い粒子を小さな掌で受けながら屈託なく微笑む あどけなさ。
輝きの破片は邪気の欠片すら知らず、地に下り、汚れていく。足 下のぬかるみを覆うように新たな白が訪れ、時を経るごとに白の層 を増していく様は厚顔無恥な世間体にも似て。
実際、彼女のために誂えられた庭園はまるで別天地のように無垢 なたたずまいを守っている。踏み荒らされることのない聖域然とし た空間はさながら箱、屈強で無骨な鉄柵や城壁よりも強固にそびえ 立ち、時間の介入もままならない印象を与える。
すべからくから隔絶するような、白い雪に囲まれた彼女の王国。
「神様が泣くの」
ふわふわと踊るような足取りで雪の上を軽く歩きながら彼女は振 り返る。はらはらと舞う雪と戯れている様子は、軽やかに、踊って いるようにさえ見える。
「かなしいから?」
華奢な背中にそっと声をかけて。
色のない世界――或いは色を知らない世界。
それでも最初は緑が植わっていたり、花が咲いていたりしたのだ。 けれど、それも定かではない、遠い彼方のことだ、この庭が彩 りを 持っていたことなど。
多分、彼女の記憶にあるのは、この目の前に広がる、高潔で冷や やかな雪の降り積もった庭に違いない。己以外の何者も赦さない潔 癖な刃で彼女を護る――白い、白い雪。
一瞬何かを言いたげに曖昧な表情を浮かべた彼女は、瞬きの間に いつもの愛らしい笑みをたたえて小首を傾げる。
「かなしい、の、は、誰?」
淡い薄紅色の唇で刻む言葉に殊更に映える華やかな笑顔で、彼女 は緩やかに変貌を遂げる――稚い少女から艶やかな女へ。
視線の先で緩慢に、けれど確実に、彼女が。
誰よりも汚れを知る、一人の、ただ一人の異性。
白に埋め尽くされて尚、それでも自らの白さを纏うことのできる 至高の存在。燦々と煌めく雪をも従える清冽な印象。
「もう他に誰もいないのに?」
彼女を傷つける人間は、少なくとももうここにはいない。彼女を 見舞う者も自分以外にはいない。完全に孤立した、外界と遮断され たこの世界に介入する何者もありえないというのに。
「――いとおしいが、ゆえに」
声が震える、それを望んだのは果たして誰なのか、己の醜い独占 欲なのか、それとも。
問いかけは胸の奥、密やかな罪の意識を故意に眠りに就かせて彼 女に微笑む。
「愛してるよ」
ただ君だけを想う倖せ、閉ざされた束の間の楽園で
約束のない永遠を夢みる。
(君が統べて)