小山力也(こやま りきや / Rikiya Koyama)
1963年12月18日、京都市生まれ。劇団俳優座所属。
1982年立命館大学法学部に入学。卒業後に、桐朋学園大学短期大学部芸術科演劇専攻に進む。1988年、桐朋卒業と同時に、劇団俳優座入団。
<主な舞台出演作品>
・「白痴」(89年、召使い、第200公演、原作:ドストエフスキー、脚本:フォーキン、訳:宮澤俊一、演出:千田是也 *俳優座本公演での初舞台)
・「埋められた子供」(92年、ラボ公演、作:サム・シェパード、訳・演出:安井武)
・「十二夜」(93年、セバスチャン、第220公演、作:シェイクスピア、訳:三神勲、演出:マイケル・ペニントン)
・「アドルフに告ぐ」(94年、アドルフ・カミル、第222公演、作:手塚治虫、脚本:原徹郎、演出:亀井光子)
・「フル・サークル~ベルリン1945~」
(94年、コロヴキン大尉、ラボ公演、のち96年に第232公演、作:レマルク、潤色:ピーター・ストーン、訳・演出:勝田安彦)
・「ミラノの奇跡」(95年、トト、第230公演、原作:チェーザレ・ザヴァッティーニ、脚本:竹内銃一郎、演出:栗山民也)
・「ジュリアス・シーザー三部作」(97年、マーカス・ブルートス、演出:J.A.シーザー、*海外公演)
・「ハムレット」(97年、ホレイショー、第236公演、作:シェイクスピア、訳:松岡和子、演出:グレッグ・デール)
・「メフィスト」(97年、ハンス・ミクラス、ラボ公演Vol.10、原作:クラウス・マン、脚色:アリアーヌ・ムヌーシュキン、英語台本:ティンバーレイク・ワーテンベイカー、訳・演出:勝田安彦)
・「チェーホフ家の人々」(98年、イワン・チェーホフ、第242公演、作:八木柊一郎、演出:八木柊一郎)
・「夢の劇」(98年、神学者、*海外公演)
・「肝っ玉おっ母とその子供たち」
(00年、若い農夫・若い兵士、第250公演、作:ベルトルト・ブレヒト、訳:千田是也、演出:アレクサンドル・マーリン)
・「我らが祖国のために」
(00年、ワトキン・テンチ大尉/ジョン・ワイズハマー、第252公演、作:ティンバーレイク・ワーテンベイカー、訳・演出:勝田安彦)
・「ヴェニスの商人」
(01年、アントーニオ、主催:日欧舞台芸術交流会/テアトル・デュ・シーニュ、作:シェイクスピア、訳:松岡和子、演出:イオン・カラミトル )
*ヨーロッパ各地(イギリス、オランダ、ルーマニア)と東京公演。この公演は、第9回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞、シャイロック役の中野誠也さん(劇団俳優座)は、同賞優秀男優賞を受賞されました。)
・「マクベット」
(02年、マクベット(主役)、主催:日欧舞台芸術交流会/テアトル・デュ・シーニュ、作:ユージェーヌ・イヨネスコ、訳:松岡和子、演出:イオン・カラミトル)
*ヨーロッパ各地(ルーマニア、フランス)公演。なお、この舞台は2003年に「冬物語」(シェイクスピア作、ウィリアム・ガリンスキー演出)と2本立てで、東京で再演。
・「冬物語」
(03年、カミロー、主催:日欧舞台芸術交流会/テアトル・デュ・シーニュ、作:シェイクスピア、訳:松岡和子、演出:ウィリアム・ガリンスキー )
*ヨーロッパ各地(ロシア、ルーマニア、フランス)と東京公演。東京公演では、「マクベット」(2002年の再演)との2本立て公演を行った。
・「オセロ」
(04年、オセロー、主催:日欧舞台芸術交流会/テアトル・デュ・シーニュ、作:シェイクスピア、訳:松岡和子、演出:イオン・カラミトル)
*ヨーロッパ各地(フランス、イタリア)と東京公演。東京公演日程は、11月20(土)、21(日)、22(月)の3日間。
= = = = = = = = = 以上资料来自~Rikiya Koyama Fan Page~ = = = = = = = = =
其实是说,小山叔叔主要的工作也就是舞台和吹替的部分,换言之基本上他就是那种不上『台面』的声优。所以,是否要写文来庆生这个事儿我犹豫过,因为这一年下来,家里的诸位生日几乎都不曾再动笔写过庆生文来着。加之,这位叔叔的工作实在是接触得非常之少,吹替部分也就那么三两张,舞台方面(趴)……而我所知道的只有那么为数不多的三两角色,在Drama部分(不论全年龄向 or BL向)则几乎是空白,除却参演的游戏或者是动画所出的以外;现场部分,当然也就是NEO而已,实在是如果真要写什么的话,会显得相当的干涩无味。
讲起来,会喜欢他的声音也纯属偶然,可能比较知道他的人也清楚他在Angelique里面的Leonard是啥样的;没错,我是因为Leonard的个性而喜欢的小山叔叔,原因么,一半应该缘自我对叔叔们的声音有偏好(笑),一半呢估摸着是这个角色相当的,嗯,应该说是有内涵吧。也许有人会觉得我在胡诌,那样长相的角色,且不论是否合适光之守护圣的特质,就冲那样子估计很多人都会有很直接的第一印象,那是只『野兽』吧?不例外的,我之前也一直那么认为,毕竟游戏过程中尽管没去攻略也是有看到寻找的过程,第一印象而言他是我很中意的Bartender的形象,所以在直观印象里也就直接认同了『野兽』的定义;可是,之后的心血来潮,一点一点地将我这样的想法改变了。
Leonard,没有谁要求他一定得自己过活,可是他却孤傲地离开了养育他的地方,只是不想因此而给那儿再增添负担。也没有谁一定要求他去承担那份责任,可是最终他选择去面对,在离开之前他又回到了养育他的地方,不说什么,不做什么,只是想在自己的心里记着那一刻的幸福就好。这样的人,让我动容。不要看这位大大咧咧的状态,在圣地也是一推三六五的个性,可是我觉着一旦有事的时候他会是最尽心的那个人,当然不是动脑而是身体力行。笑~也所以,我因他而渐渐地将整个的爱从神鸟的诸位而倾向到了圣兽的诸位,这个时候才发现,其实对圣兽的诸位也是非常可爱的,例如,Francis的惧兔症,再例如,Charlie的和事佬……再再例如,Sei-lan的女王樣^.^
再来就是,ハクオロ。对于うたわれるもの,其实看的动机并不太单纯;可是看下去之后,却觉得这个角色也如Leonard般有血有肉,很是动人。在最后一幕的时候,其实小山叔叔的声音并没有太过哽咽或者是太过悲苦的感觉,可是听在耳里,在心中泛起的却不止是一点点煽情的悲伤,而是一种从心底里无法用语言来表达的哀伤。短短的两分多钟的告别,真的是看得我『肝肠寸断』般地痛呐~在这里,小山叔叔一直是一种很温和的语调,偶尔会在激战中,或者是恐惧的情况下情绪才会稍有波动,让人感觉ハクオロ就如那春风,使人心暖而生死相随;也许也是因为这样的关系,我才特别喜欢他在每一次事件之后的表现,或淡淡的苦楚,或浅浅的微笑,那是一种活着的幸福。
在此之后,就再没有太多的角色令我印象深刻,不是没有看而是引不起太多的共鸣。也许,明年的今天,我能再多了解一些吧。最后,惯例吧。小山力也 先生,43岁生日快乐~