引用
我有鸣海孝之强奸白河小鸟的证据:
構図は分かり易い。
端的に言うとレイプ、つまり強姦だ。
犯そうとする男と犯されまいと足掻く女。二者間においてこの争いは究極的なまでに原始的なやり取り。
力のある者が自らのより力の劣る者を屈服させ、その欲望の捌け口とする、あまりにも単純な行為。
そして力関係は歴然だった。
男・鳴海孝之と女・白河ことりにおいて、肉体、装備どちらの条件でも勝るのは鳴海孝之。
どんなに抵抗したところで、いつか必ずその花は折られてしまう事は確実。
そうしてあるプランを実行に移すため、ことりはフッと身体の力を抜いた。
掴まれていた左手が勢い良く地面に叩き付けられる。男の顔が近づく。
馬乗りの体勢が完成した。
顔と顔が近い。男の生温かい息が降りかかる。
それは直線距離にして数十センチという所。
本来なら愛し合う恋人達にだけ許された尊い数十センチ。
だが今自分と男の間に存在するのは、そんな甘い感情ではなくて、どす黒い一方的な肉欲だけだった。
怖い。
純粋な恐怖がことりの脳髄を支配する。
自分はどうなってしまうのか。
……いや、分かってはいる。心の奥底、本能はその危機を悲しいくらい悟って今も警鐘を鳴らしている。
だって、もう自分は無知で無垢な子供ではないのだから。
「どうして、っ……どうして……こんな事を、するんですか」
ことりはカタカタ骸骨を鳴らす口元と身体を必死に奮い立たせ、問い掛ける。
今は、時間を稼ぐしかない。
幸いな事に男は言動共に相当おかしな所がある。そこに付け込めば事態が好転する可能性もあるのだ。
無闇に抵抗した所で相手の神経を逆撫でしてしまうかもしれない。
力では絶対勝てない事も分かっている。
ソレならば逆に無抵抗を貫く事で男に不信感を抱かせ、会話をするチャンスを模索した方が得策だと判断した。
「どうしてか、だって……? くくくう、それはねぇぇぇぇぇぇ」
突然ことりの左手首を束縛していた男の手がパッと放された。
両手が自由になる。お腹の上に男が乗っているため、腹部に重圧こそ掛かるが痛みは先程と比べて大分軽減される。
でもどうしてだろう、ことりは考える。だって不可解ではないか。
相手を束縛しておく事が大切なのはそういう知識がほとんど無い自分にも分かる。
自分の身体を穢されて黙っているような女性などいるはずが無いのだから。
それならば、このような状況でレイプする側が両手を自由にしなければならなくなる場合とは――?
「こういうことがしたいからさぁぁぁ!! ひゃはははははははははは!!」
「――ッ…………え?」
ことりは自分が何をされたのか一瞬、全く分からなかった。
なぜなら、今男がした行為はあまりにも直情的で、そしてあまりにも悪意に満ちたものだったからだ。
確かにこの島に連れて来られてから、ことりは何人もの死を体験した。
いや、厳密には体験したとは言い難い。
彼女はまだ一度も人間の死体を見てはいないし、命のやり取りをした事も無い。
ただ身近な人間が命を落とした、という事実を機械的な音声情報として消化しただけだ。
だから彼女は本来尊いものであるはずの命が散る瞬間や、人間という生き物がどこまで残酷になれるのか、という事を知らない。
全て、何もかもがことりの想像を超えていた。
「はははははははははは、白いなぁ!! 綺麗だなぁ!! 大きいなぁ!!」
ビリビリという、小気味良い布の切り裂かれる音が森林に木霊する。
男が興奮した叫び声を上げる。
ことりは必死に口をパクパク動かす。出てこない、言葉が何一つ紡げない。
ことりが身につけていた風見学園本校の制服は非常に特徴的なデザインをしている。
メインは身体にピッタリとフィットする青いボーダーのワンピース。
その上からクリーム色のボレロタイプの上着を羽織る、という形だ。
ボレロは冬服仕様なので長袖、加えて胸元にあしらわれた赤いリボンが目にも鮮やか。
女子生徒にも人気があるという噂も頷ける。
そんな年頃の女生徒の羨望を集めたような魔法の衣服は引き裂かれてしまった。
征服欲と肉欲に支配された、狂える一人の男の手によって。
力任せに引き千切られたソレは本来の役割を果たさず、左右にだらりと花弁を開く。
布地の侵略は胸元からヘソの辺りで止まった。
上下の衣服がくっ付いている構造上、これ以上切り裂かれれば両方の下着を露出してしまう事になる。
もっともこの状況から想像できる未来において、それ以上の陵辱が行われるであろう事は想像に難くないのだが。
「ここここ、この身体が今から俺に蹂躙されるなんて……もう、もう興奮してくるなぁ!!!
あはははははははははははははは!!」
「あ、あ、あ、あ、」
ことりの黒い下着が露出する。
世間一般的な感覚からすると、平均かソレより若干上程度のサイズの胸。
瑞々しくも艶美な膨らみがこの青空の下に晒された。
もう、ことりは平静を保てなかった。
どんなに喉に力を入れても声が出てこない。奥歯がカチカチと音を立てて、ぶつかり合う。
信じる? 待つ? 時間稼ぎ?
そんな概念頭の中から何処かへと飛んでいってしまった。
怖い。
頭の中で想像していた事と現実とが一気に肉薄した。
レイプ、強姦。
そんなお昼のドラマか映画の中だけの話、少なくとも自分とはまるで関係ないと思っていた概念が突然存在感を増した。
ことりは限界まで見開かれた瞳で男の顔を凝視する。
もう数十センチ所の話ではない。数センチ、いや男の顔が鎖骨に触れた。
そして男は鼻先をギリギリまでことりの首筋に近づけ、まるで発情した野良犬のようにその匂いを、嗅いだ。
「あひっひっひっひ、いい匂い……だなぁ」
目の前には名前も知らない男。初めて会っただけの男。
まるで妊婦がするソレのように乾いた空気がことりの唇から絶え間なく吐き出される。
男の荒い息遣いはまさに興奮した陵辱者のソレ。
ここまで接近したから分かった。今ことりを犯そうとしている男からは"血の匂い"がするのだ。
外見こそ高価なスーツを着込んでいるが、身体に染み込んだ血液の鉄臭さは嗅覚を刺激する。
それが誰の血なのかは分からない。
だけど、何となくだけど、察しは付いた。
ああ、この人は誰か他の人間を殺しているんだろうな、と。
這い回るように首筋から胸元にかけて、息をたっぷりと吸い込んだ男がニマァと笑みを浮かべる。
男の舌がことりの身体に触れた。
まるでそれは目の前に置かれたお菓子を味見する子供のように。
唯一つ違ったのはソレがとびきり邪悪な笑顔だったという事ぐらい。
――その瞬間『何かが』入って来た。
それは意志。侵略者、鳴海孝之の意志。
相手の考えている事象を読み取るテレパシー能力。一度は失われたはずのその力。
だが『枯れない桜』の魔力が根幹に息づくこの島において、白河ことりの特殊性は再び息を吹き返している。
ただ一つの制約、『読み取る相手と接触する事』を条件としてだが。
男の意志はこれ以上無いほど分かり易かった。
どす黒い幾何学模様と麻薬中毒者が見る幻覚に似たサイケデリックな世界。
そして中央に位置する最も大きな願望、それこそが――
男に無残にも組み敷かれ、レイプされる自らの姿―未来―だった。
耐えられなかった。
限界。故に、崩壊。理性が浸食される。脳髄が犯される。飲み込まれる。
そして、絶叫。
「いやあああああああああああああ!!! やだ、やだああああ!!」
「ひゃはははははははははははははは!!」
無抵抗を貫き通すなんて薄っぺらな考えは脆くも崩れ去った。
この男に言葉は通用しない。
それを五感から精神領域に至るまで余すことなく理解した。
ことりは自らの上に跨る男を振り落とすべく必死に、必死にもがく。
「やだやだ、やだぁっ!! 嫌なの!! 触らないで、放して!!」
「うううううううう、うるさい!! 少しは黙ってろ!!」
「きゃあッ!!」
男は自らの身体の下で暴れることりの頬を平手で思い切り引っ叩いた。
痛い。
思わずことりの大きな瞳が涙で滲む。
視界がぼやける。頭が痛くなる。
自分の中から何かが抜けて行くような不思議な感触。ウィルスのように一瞬で拡散する苦痛。
こんな行動、自分の中の常識からは考えられない。
自分の頬を叩いた掌には、一切の手加減や配慮が感じられなかった。
いっそコレが握り締めた拳で無かっただけ幸せだったのかもしれない。
このような女性に乱暴を働く人間の中には純粋に相手を痛めつけ恐怖と苦痛に顔を歪ませる姿にだけ、ひどく興奮を覚える者もいるのだから。